メルマガ色鉛筆第18号(母が私に見せてくれたもの)

タイトル 母が私に見せてくれたもの
ペンネーム バニラ(40代 女性 全盲)
 レポートの要旨です。
 はじめまして、バニラです。
最近の色表示は多様で、ストレートに色につながらないようなものもありますね。
私は、「それってどんな色なんだろう?」と想像するのが楽しいんです。
皆さんはバニラと聞いてどんな色を想像されますか?
 今回は、私の母のことを書いてみました。
生まれつき目の見えない我が子をどんな思いで育ててきたのか、子育てに迷いはなかったのか。
以前から母に聴いておきたかったことを、インタビュー形式?でお届けしたいと思います。
 ここから本文です。
 私は、胎児の頃に感染した病気が理由で、2歳になる前に右目に僅かな光覚を残す状態になりました。
私の目が見えるようにはならないとわかった時、母は落ち込んで、一度は私を連れて死のうと考えたそうです。
 けれど、ある時、母はこんな考えに辿り着きます。
「きっと自分には目の見えない子供を育てる力がある。神様はそう判断されてこの子を授けてくださったのだ」と。
それ以後、この子が一人になっても生きていけるようしっかり育てよう、と考えるようになったそうです。
 そんな母ですが、目の見えない子供を育てるうえで、どんなことを心がけたのでしょうか。
「そんなに難しくは考えなかったの。
この子は目が見えないのだから、私がこの子の目になろうと。
考えたのはそれだけだった。
それで、今見えてるものはできるだけ言葉で伝えて、触れるものは触らせて、音で確認できるものは音を聴かせて、
できる限りそうしようと思った。
お母さんはお喋りだったから、なんてことなかったけど」。
 この母の言葉から、私は、母と歩いた日のことを鮮やかに思い出しました。
例えば、一緒に歩きながら、母はずっと私に声をかけてくれました。
「あそこに○○の花が咲いているよ。ほら、触ってごらん」とか、
「足元に子猫がいる。ほら、手を出して」とか、
いつも立ち止まり、手をとって、母は私にいろんなものを教えてくれました。
 それから、もう一つ。
私は、母から「危ないからやっちゃだめ!」、「危ないから触っちゃだめ!」と言われた記憶がほとんどありません。
よく先天盲の人から、子供の頃親から「危ないから…」と言われた、という話を聞きますが、
私にはそうした経験が全くといっていいほどないのです。
 このことについて聞いてみると、こんな答えが返ってきました。
「だって、あんたは目で見て判断ができないんだし、実際に経験しないとわからないじゃないの。
言葉で言っただけではそれがどんなもので、どれだけ危ないのかわからない。
実際に触ったり経験したりして覚えていくもんだって思って。
だから、包丁の刃を直接触るとか、そういうこと以外はなんでも触らせたし経験させたの」。
 子育てのことで悩んだり迷ったりしたことは全くなかったという母。
とはいえ、周りに同じ立場の母親はおらず、今のように情報もほとんどない中で、
本当に悩んだことがなかったのか?と、母の本音を聴きたくなりました。
 子供は、親とか周りの人の動作とか様子を見て真似をしながらいろいろと覚えていくものです。
そういうのができない私に日常生活の動作とかを教えるのは困難だったはずです。
母は、日常動作のあれこれをどのように私に説明したのでしょうか。
 「幼稚園の制服がボタンで合わせるタイプで、あんたはどうしてもボタンホールにボタンが入れられなかった。
二人で徹夜して練習したんだけど、どうしてもできなくて。
それで全部ホックに付け替えたことがあった。
知らん間にできるようになってたけど」。
 できないことを無理やりやらせるのではなく、できる方法でやればいい。
母はそんな柔軟な考え方だったから、あまり悩まなかったのかもしれませんね。
 最後に、現在子育て中、特に目の見えない・見えにくい子供の子育てに奮闘中のお母さんになにかアドバイスはないか尋ねてみました。
 「今とあの頃では時代が違うので、特にアドバイスなんてないけれど、
子供と接する基本は障害があってもなくても同じなんだと思います。
最近のお母さんは、テレビを見せてるとおとなしくしているし、その間に自分の用事をしようとか、
そういう人も多いみたいだけど、なるべくたくさん子供の相手をしてあげてほしいです。
忙しいから大変だとは思うけれど。
それから、家庭でしか身に付かないことがあると思います。
幼稚園や学校任せにせずに、家庭の役割はちゃんと果たして欲しいですね」。
 母と話をして感じたことは、母のシンプルで簡単な考え方でした。
「この子の目の代わりをしよう」、たった一つ。
シンプルだけど、その一貫した考えがあったからこそ、母は悩むことなく子育てができたのでしょう。
そして、そのおかげで、私も悩むことはあっても、迷うことはほとんどなくここまで来られたのだと思います。
 母は、自分の目を通してたくさんのものを私に見せてくれました。
今、あらためて感謝しています。
お母さん、ありがとう。
編集後記
 悩むことはあっても、迷うことなく歩けたというバニラさん。
子供は親を選んで生まれてくるものだとしたら、共に生きる力を分かち合える喜びは胎児の時に宿しているものではないでしょうか。
お母様の目を通して我が子に見せたいと願った「この世界にあるもののすべて」は、
説明だけでない、触って聴いて、「見る」体験を通してバニラさんに伝えられました。
それは、どんなに見ようとしても見ることができないものでも、
「自分で感じ、考えてみる、見る力」を育てたのですね。
一晩中、ボタンを留める動作にトライした幼い日の娘との時間、
そんな「母の本気」は、今、お母様の心の中で愛しい記憶となっていることでしょう。
ー このメールの内容は以上です。
発行:  京都府視覚障害者協会
助成協力: 京都オムロン地域協力基金
発行日: 2014年7月4日
☆どうもありがとうございました。


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