メルマガ色鉛筆増刊第5号(見て楽しい鉄道、聴いて楽しい鉄道、そこには人々の暮らしがある!)

タイトル 見て楽しい鉄道、聴いて楽しい鉄道、そこには人々の暮らしがある!
ペンネーム 夏色のまつしま (60代 男性 弱視)
レポートの要旨です。
子どものころはもちろん、今でもそうですが、何かの事情で自分が乗っている列車が少々遅れても、私はまったく気になりません。
長い時間乗っていられると思うとうれしくなります。
見えていた時も見えにくくなった今も、「鉄道に乗っているだけで嬉しい」という気持ちは変わりはありません。
今回は、私の好きな車内アナウンスの一コマをお話します。
ここから本文です。
 はじめまして。夏色のまつしまです。
宮城県で生まれた私は、帰省のときにはいつも「松島(漢字)」という愛称名の急行列車に乗っていました。
 昭和41年夏の上野駅でのこと、いつものように古い茶色の客車編成の「松島」が入線してくるんだろうと思っていたら、「まつしま(ひらがな)」のヘッドサインをつけた新形の急行電車がさっそうと入線してきました。
ローズピンクとアイボリーのツートンカラーで、車体はピカピカに光っていて、とても印象的な姿でした。
この夏以来、国鉄の電車の中ではこの色が私のいちばん好きな色になっています。
東北新幹線開業にともなって廃止となりましたが、今も私の心にはあの夏の日の「まつしま」が色鮮やかに生きています。
 私は、子どものころから汽車が大好きでした。
記憶にある最初の汽車との出会いはというと、私自身が望んだからかどうなのかはわかりませんが、3歳ぐらいのころ、仙台の長町操車場で操車係をしていたという近所のおじいさんによく東北線を走る汽車を見に連れていってもらっていました。
通りすぎる貨物列車の貨車を数えると、おじいさんがほめてくれました。
覚えてはいませんが、あとで聞くとそうだったらしいです。
 あのころの貨物列車は黒い貨車を何十両もつないで、後ろから特急列車や急行列車に追いたてられても知らぬそぶりでゆうゆうと(悪く言えばのたのたと)走っていました。
特急よりも貨物列車のほうが偉いんだという感じですね。
ほんとうにスピードが遅かったので、子どもの私にも十分貨車が数えられたんだと思います。
一般の貨物のほか、野菜や果物を積んだ貨車、砂利や砂を積んだ貨車、太い材木を積んだ貨車、中にはおウマさんが顔を出している貨車もありました。
それはそれはバラエティに富んでいて、子どもの私はとてもはしゃいでいました。
これまたそうだったらしいです。
 今はコンテナ列車ばかりになってしまいました。
カラフルなコンテナ貨車が、レッドサンダーなんていうニックネームのついた新形の強力な機関車に引かれて疾走しています。
速すぎて、貨車を数えるのは至難の技かもしれません。
海援隊の「思えば遠くへ来たもんだ」という歌に
 踏み切りのそばに咲くコスモスの花ゆらして
 貨物列車が走りすぎる
 そして夕日に消えてゆく
という歌詞があります。
今のコンテナ列車だったら、きっと花はけ散らされてしまうことでしょう。
私の汽車好きの原点は、あのころの黒い貨物列車にあるんだと思います。
 昔を懐かしがってばかりはいられませんので、現在のお話を…。
水色ダンボさんが、京都駅のアナウンスのことを書かれていましたね。
「黄色い点字ブロックの内側でお待ちください。点字ブロックは、目の不自由な方々のための道しるべです…」。
これを読ませていただいたとき、私も駅のアナウンスを一つ思い出しました。
 2年ほど前、雪に埋もれた奥羽線の大石田という駅で、列車に乗って発車を待っていたときのことです。
「○○列車。乳母車のお母さんが橋を渡りまあす。待ってくださあい」というアナウンスが聞こえてきました。
そして、少したって乳母車を押したお母さんが乗り込んできて、列車はおもむろに発車しました。
 水色ダンボさんが紹介されていた京都駅のアナウンスと私が聞いた大石田駅のアナウンス、障害を持つ人たちへの、そしてちょっと移動にハンディがあるかなというお母さんへの、何か共通の心づかいが感じられてうれしくなりました。
奥羽線の場合は列車の本数が少ないということはあったのかもしれませんが、こんなアナウンスが日本のどこかの駅で日々流れていたらいいなあと思います。
とはいいながらも、京都駅のような都会の駅だったら、列車の後ろ姿を見送って悔しがっている間に次の列車が来てしまいますから、「待って」なんていうアナウンスは必要ないかもしれませんね。
 最後に、ちょっと笑ってしまいそうな車内アナウンスです。
私は通勤に京都市営地下鉄を利用しています。
帰りの地下鉄が終点の竹田駅に着いたときに流れるアナウンス、「お客さあん、起きてくださあい。終点ですよお」。
皆さん、働きすぎて疲れているんでしょうか。
これは、結構よく聞くことができます。
 そんなこんなで、昭和のころと比べると鉄道は車両もシステムも格段に進歩しましたが、今なお鉄道は昔と同じようにいろんな人々の生活を、人間模様を運び続けているんだなあと感じています。
鉄道というのは、私をとても楽しませてくれる、興奮させてくれる乗り物であります。
編集後記
 まつしまさんの鉄道のある風景はとても色鮮やかですね。
思わず、子供に戻って、農村に立ち、ユニークな貨物列車に手を振りたくなりました。
鉄道を通して人々の暮らしを感じる、心が波打つ経験。
そんな鉄道ドラマ、読者の皆様にもあるかもしれませんね。
そして、車内アナウンスや駅を行きかう人々の音やにおいの中にドラマを思い描くことができたなら、
毎日の通勤の中にも小さな「ほんわか」を見つけることができるのかもしれません。
ーー このメールの内容は以上です。
発行:  京都府視覚障害者協会 
発行日: 2014年4月25日
☆どうもありがとうございました。


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