メルマガ色鉛筆第310号「one day trip」

タイトル one day trip
メルマガ色鉛筆編集チーム
こんにちは。
メルマガ色鉛筆編集チームです。
1日だけ見える自分が旅をするとしたら、どこに行きますか?
誰と行きますか?旅先で何をしますか?
そんな1日かぎりの旅を自由に描いてもらいました。
24時間しかないと行きたいところには行けないってこともありますよね。
このone day tripではどこでもドアが使えます。
そして、なんと見える自分が旅をします。
行先は過去でも現在でも未来でもいいです。
この条件で描かれる旅の世界とは?
タイトル みんなそろってもう一度 
ペンネーム 緑のパッチワーク(50代 女性 弱視)
 朝7時、車に家族4人が乗り込む。
ひたすら黙っている息子と車いすの母、いつもよりはりきっている夫とやたら身
軽な私。
いざ伊丹空港へ。
私だけが見えるどこでもドアでひとっ飛び。
久しぶりの空港、飛行機への搭乗に母のテンションはアップ。
見るもの見るものわーわー指さしてうれしそうにしている。
新千歳空港で予約していたレンタカーに乗車。
スムーズなこのサービスに、はたまた母のテンションがマックスに。
母は北海道は2度目、1度目はもう35年ほど前のこと、亡き父との旅だった。
父が経営する会社の社員を引き連れての慰安旅行だった。
4年前の北海道は、息子と夫と3人だけの旅だった。
今度来る時は母も連れていきたい、でもやっぱり難しいかなと思いながらの帰路
だった。
 今回はちがう。
無理じゃない。
だって私見えているから母の車いすを押せる。
いざとなれば、段差だって男二人でヨイショと乗り越えられる。
私は誰の手引きも必要とせず、いざとなれば二人ずつの別行動だってできるのだ

 お目当ての富良野のお花畑。
麦が青々としげる大地。
自然の色ががんがん目に飛び込む。
目に焼きつく。
説明はいらない。
言葉を失う、ただひたすら静かに風景の中に身を沈める。
私、見えている、みんなと同じようにこの景色を、家族の歴史の瞬間を感じてる
、脳がいっぱい情報を吸収していく。
太いストローでジュルジュルジュル ズズズーっと音を立てるように、
ぐんぐん網膜が脳に光と色を伝達していく。
いつものモノクロなんかじゃない、すごいぞ、すごいぞ、
私の脳内で電気信号が久しぶりに稼働してる。
網膜も脳神経もはしゃぐ。
生まれて初めてくらいの勢いで視覚情報が一気に脳に入っていく。
がんばれ記憶ゾーン、忘れるなよ、しっかりな。
両手をこめかみから頭へスリスリしながら念じる。
 黙って息子が私の後ろから上着を引っ張る。
もういくぞという合図だ。
「ママこの風景忘れないよ。絶対」
返事はないが、息子のアイパッドの画面には私の脳内と同じ風景が保存されてい
た。
 車に乗り込み車窓にはりつく。
母はいつものとおり、私に見えるものを説明してくる。
わかってる、今見えてる、何度も母に言うのだが、母には理解できないようだ。
「あんた、見えへんのに。
でも、前に来たことあるから知ってるんやな」
という的外れな理屈を母は唱えている。
私は、前来た時は見えてなかったんやけどと、心の中だけで返す。
それにしてもどこでもドアはでかい北海道ではありがたい。
富良野、札幌、小樽、函館へ。
 お寿司も、ホテルの部屋も美しい運河の風景も、
緑あふれる大通り公園も、バターがとろけるじゃがいもも、
さえぎるもののない空に浮かぶ気球も、全部カラフルだ。
この世界のあらゆるものがぴかぴかつやつや光に照らされている。
たとえ夜の街でも、ムードのあるシックなレストランでも
グラスに反射する氷も、魚の煮つけだってキラリ光を放っている。
これが見えるってことだ、たしかにそうだったと懐古する。
 もうすぐ今日が終わる。
飛行機の窓にじっと目をやる息子の横顔、
お土産物をおそろしく買いこみニコニコの母、年を重ねて疲れた瞳の夫、旅の最
後は飛行機の中、狭い空間に家族4人でいる。
しかも「みんな一緒」を、黙っていたってガンガン感じる。
この旅の間も「うまい、やばい」だけはつぶやく息子の心はやはり見えなかった

けれど、ふと見せる息子の目の光、ボタンエビを口にした時の思わずこぼれる微
笑みを私は見逃さなかった。
そのわずかな表情に胸がキュンとなる。
愛しく抱きしめたくなる衝動をこらえ、
私も一緒にボタンエビを口にして、息子に向けてうなづいて見せた。
本能が揺さぶられる時、人はわずかでも非言語で何かしらを発するのだろう。
アイコンタクト、やってみた、できた。
息子は何も言わなかったけれど、目をそらさなかった。
そんなことを思い出しながらの空の旅、夫と母はしばしの居眠り。
帰りの機内、4年前と同じ、息子はじっと窓の外を見ている。
いつもはスマホばかり見ているのに。
私はそんな息子の姿を静かに眺めていた。
時に視野の端っこで、時にまっすぐに。
 到着のアナウンスが流れる。
私たちは車いす対応で機内から降りるのは最後だ。
キャビンアテンダントさんに、「スチュワーデスさん、ありがとうね。
制服かわいいね。
私ね、35年ぶりに飛行機乗りましたんや。
皆が親切にしてくれて、無理やと思てたのに無事旅行できましたわ。
あんたさん、べっぴんさんどすなあ、きれいにメイクがのったはるなあ・・・」
私は永遠に続きそうな会話を遮り、頭を下げる。
「お世話になりました。
ありがとうございました」と告げ、到着ロビーへ向かう。
「お姉ちゃん、後ろ見せて、乗ってきた飛行機が見たい。
写真撮って」
と最後の最後までふんばる母。
「もうこれが人生最後や、もう次はないから、頼むわ。
病気いっぱい持ってるのにどうにかこの年まで生かせてもろた。
お母ちゃん感謝してるで・・・」と
またまた母の話は永遠に続きそうだ。
私は母のスマホを手に、飛行機と母の2ショットをおさめる。
「キレイに撮れてるか、見せてんか」
母はようやく私が今日は見えているということを理解できたようだ。
 夫と息子はさっさとターンテーブルへ。
私は母とお手洗いへ、うれしいぞ、別行動できてる。
one day tripの残り時間はあと少し。
 空港もカッコええなあ。
空弁のパッケージかわいいなあ、
なんかしょうもないもんでも自分で選んで買いたいなあと、ロビーのショップを
うろつく。
母はお決まりの自由さで、車いすで自走している。
あの人、まだ買うんかいなとあきれつつ、私はひとりかわいいものを探す。
ちらっとこっちに目をやりつつ、うざそうに息子は通路のベンチでスマホをいじ
っている。
遠くには、見つかるはずのない喫煙室を探し歩く夫がいる。
飛行機に乗ってるキティちゃんの刺繍入りのハンカチ、これなら明日からもわか
るかも、見える記憶と触ってわかる模様を連動させながら日常使いできるものを
選ぶ。
なんてことないもので、見えてなかったら一人で選べないものってどれだろうか

いざとなると、そうそう見つからないものだ。
何しろ今日は見えてて明日は見えないという設定は人生初めてのことなのだ。
 夜の空港を背に車に乗り込む。
おうちに帰るまでが遠足やで。
パパ安全運転してや。
そしてこれが最後、いざ我が家へ。
私にだけ見えるどこでもドアを開ける。
 私は一番に車から飛び出して玄関を開ける。
おかえり、3人を迎える私。
ただいま、おつかれさん、やれやれの声のパパ。
おおきに、ただいま帰りましたと家に手を合わせる母。
息子は無言で自分の部屋へ、いつもの光景だ。
いつもの光景だけど、新鮮な光景だ。
この旅はあと15分で終わる。
急がなきゃ、仏壇にお土産物をあげてチン。
あわただしく冷蔵庫にししゃもといくらを入れる。
魚卵ばっかり、痛風になりそうだ。
次にバタバタと家族の洗濯ものを出す。
特別な日なのになぜかいつも通りに体が動く。
うわあ、息子の白いシャツのえりが灰色になってる。
もうこれはポイやな、えりそで汚れ落とし、つけてたけどあかんかったんやな、
私、気付けてなかったんやな。
最後の悪あがきでいつもよりピンポイントで汚れ落としをぬりぬりし
洗濯機へGO。
スー、スー、ゴロゴロ、洗濯機が回りだす。
 タイムアウト、はじめて見た洗濯機の液晶表示がさっと消えた。
いつもの自分とご対面。
しまった最後に自分の顔見るの忘れた。
もう、私ってなんでやねん。
クソ。
「そんなもん気にせんでええがな」と、
夫が靴下を洗濯かごめがけて投げる音がする。
それちゃんと入ったんかいな。
あーあ、また片足探しで苦労させられるなあ。
0時1分、どうってことない日常がはじまった。
編集後記
 家族思いの緑のパッチワークさんは、この特別な夢の1日にたくさんのことを
されましたね。
したいこと、してあげたいこと、でも見えない・見えにくいと無理ないろいろな
こと。
 よいことのいっぱい詰まった1日でした。
 ですが、それと同じだけのよいことが、現実の特別でない日々の中にちりばめ
られているだろうとも思います。
同じだけのよいこと、1日でとは行きませんが、じっくりチャンスを待って、勇
気を持って手を伸ばし、よいことを手にして、じっくりじっくりそうやって気づ
けば同じくらいになっていた。
きっとそうなるだろうとも思いました。
 夢と現実はちがうものです。
夢と現実を隔てている壁があります。
はたしてその壁は消えないものでしょうか。


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