メルマガ色鉛筆第288号「リユニオン~あなたに会えてよかった~」
タイトル 「リユニオン~あなたに会えてよかった~」
ペンネーム 赤と青のリボンはほどけたままでいい(40代 男性 全盲)
レポートの要旨です。
偶然の再会、そんなことは物語の中のことだけと思っていた。
それがまさか現実に起こるとは。
実際の体験をもとに創作された小さな物語。
時を経て再会した男と女の間に刻まれたものとは。
ここから本文です。
その日はまだ残暑がきつい夏の終わり。
わりと空気がカラッとしてたので、陽に当たろうと住まいのあたりを一回りして
いた。
向かい側から1台の車が減速して俺に近づき停車する。
クラクションを鳴らされ、助手席側のドアのパワーウインドウが開く。
すると、車窓越しから女に声をかけられた。
車の女「ねえ、そこの白杖のあなた!」
俺「え?」
車の女「もしかして…、先輩?」
少し考えた後。
俺「…エイミ(仮名)…」
エイミ「やっぱり。お久しぶり。何十年ぶりかしら」
俺「ああ、そうだな。だが、よく俺だってわかったな。すっかり変わり果てた姿
の俺を」
エイミ「ええ、面影を感じたのよ、もしかしてって。実は、声をかけるまでは半
信半疑だったんだけど。
でも、先輩こそ、よくあたしってわかったわね」
俺「ああ。俺のこと先輩って呼んでたのお前だけだったからな」
エイミ「そうね」
俺「こんなとこもなんだから俺ん家来るか?すぐそこだし」
エイミ「いいの?」
エイミとは、学生時代に知り合った。
交際し、ゆくゆくは結婚も考えていた。
だが、若さともろさから、将来に不安を感じたころ、お互いのわずかな考え方
の相違から溝が深まっていった。
お互いの気持ちは遠ざかり、俺たちは終わってしまった。
エイミ「いつからなの?、目…」
俺「もう10年前になるかな。大病をしてな、その合併症のなれの果てなんだよ
」
エイミ「少しは見えるの?」
俺「全く見えないよ。かろうじて光を感じる程度だ」
エイミ「そう…」
残念そうに震える彼女の声を気にしながらも、
しばらく、昔を回想しながらたわいのない会話が続いた。
エイミ「お父様とお母様はお元気?いらっしゃらないみたいだけど」
俺「父親は1年前に亡くなったよ。
母親は数年前から床に伏せててな、この家で過ごしてたんだが、先月、特養に入
居したよ。
それよりお前のとこはどうなんだよ?」
エイミ「あたしも父を3年前に亡くしたわ、心不全でね。
母は故郷に戻ってそこで暮らしてるわ。そんな母もだんだんと認知が入ってきて
ね、体は割と元気なんだけど。
でも、ちょっと最近、介護が必要になってきて…」
俺「そうか…。そういやお前、お前もこの町を離れ、生まれ故郷に戻ったんじゃ
なかったのか、
昔、風のうわさで聞いたが。なんでこんなところで?」
エイミ「旦那の7回忌だったのよ、お義母さんから連絡いただいてね。
で、その帰りに何となく昔よく行った海が見たくて。車で来て正解だったわ。
こうして偶然にも先輩にも会えたし」
俺「よせよ…。って、え、旦那亡くなったのか…」
エイミ「ええ、事故でね…」
一瞬、彼女の中で寂しさが高ぶったようだった。
ほどなくして、それを殺すように彼女の声色は和らいでいった。
俺は、ただひたすらその声に耳を傾けた。
二人の間にたわいのない会話は続く。
だが、それと同時に、彼女に犯した過ちが静かにこみあげてくる。それは償って
も償いきれないものだった。
果たして、俺はこの偶然の時間を共有しててもいいのか。胸の中で複雑な思い
が交錯していた。
エイミ「そういえば先輩、奥様ってどんな方?」
俺「未婚だよ」
エイミ「そう。しないの?結婚」
俺「ああ。もう今更って感じだし、俺もこんなん(視覚障害者)だしな」
エイミ「そんなの関係ないわよ」
俺「目もない、金もないとこに嫁いでくる奴なんていないよ。それに、独り身の
ほうが気楽だしな」
エイミ「寂しくないの?」
俺「ああ」
気のせいか、彼女が放つ言葉の要所要所に、何か訴え、伝えたいような様子を
伺えた。
エイミ「でも、独りじゃ何かと不便でしょ。困りごととかあるんじゃないの」
俺「ああ、不便だよ、見えないってことは何かと不便だからな。
だが、不便なりに何とかなってる。それなりに工夫して生きていけるもんなんだ
よ、人間ってのは。
あと、この時代、福祉も充実してるしな。
ありがたいことにずいぶんとその恩恵に助けられてる」
エイミ「そう。ならいいんだけど」
何となく彼女の声色が一瞬、物憂げになったような気がした。
しばらく沈黙が続く。二人の間に、何ともいえぬ叙情的な時間が流れた。
やがて、彼女が口を開く。
エイミ「ねえ、あたしと一緒に来ない?
実はあたし、ケアマネの資格持ってるの。もちろん、母の介護はあたしがするわ
。
たいした力にはなれないとは思うけど、目の代わりぐらいにはなれると思うのよ
」
俺「よせよ。思い付きでそんなこと言うなよ」
エイミ「思い付きなんかじゃないわ。何か力になりたいのよ」
俺「気持ちはありがたいよ。だが、この先も何とか独りで生きていけると思って
る。
だから、お前は自分のことだけ考えて生きていけよ。
それに、そんな優しい言葉かけるなよ。俺はお前に、お前に…」
そのとき、かつて彼女に対して犯した過ちが走馬灯のように蘇ってきた。
目の前の彼女の気持ちなど一切考えもしないで俺はつづけた。
俺「俺は、お前との間にできた子を非情にも殺したんだよ!
お前の体を、お前の…」
エイミ「やめて!もうやめて。もう忘れてしまいたいことなのに。
何よ!今更そんなこと言わないでよ。
あたしがあのとき、どんなに絶望感と失望感にさいなまれたか、先輩になんか、
先輩になんか…」
彼女が取り乱し、涙ぐむのもしょうがなかった。勢い余ったとはいえ、無責任
な言葉を言い放ったことを後悔した。
俺「すまない…」
エイミ「…。もう過ぎたことよ。
あたしも先輩も、十分贖罪の十字架を背負って生きてきたわ。
あのとき、二人でさんざんもがき苦しんだじゃない、起こしてしまった過失に。
十分反省したんじゃない。
産まれ来るべきだった子だってもう許してくれているわ」
俺「そうだな、お前の気持ちも考えず。ほんとうにすまなかった」
またしばらく沈黙が続いた。
犯してしまった罪は一生消えることはない。消してはいけないことなのだ。
俺はその贖罪の十字架を背負ったままだ。
だが、俺が付けた深い傷跡を持つ彼女は、過去を振り返ることもなくしっかり前
を見据えて生きている。
昔から強い女だった。いや、俺がもろすぎるのか。過去にとらわれすぎている
のか。
だが、彼女と話すうちに、長年俺を縛り付けていた見えない鎖が少しゆるんだよ
うな気がした。
彼女の和やかで柔らかい声色が、まるで時薬のように体中に染みわたってくる
。
もっと強く生きないと。もっと。もっと。
俺「さっきの申し出はすごくありがたいよ。だが、この家を離れるわけにはいか
ない。
母親に託されたんだよ、家をたのむってな。俺はその言葉に応えたいんだ。
ただ、今の俺には何ができるというわけでもない。
それに、嫁も子どももいない独身の身だから俺の代で朽ちてしまう。
だが、俺は俺なりに生まれ育ったこの家を守っていきたいんだ。
命ある限りこの家を守っていきたいんだ。
それが、何もできない俺の唯一の使命というか、宿命だと思っている。
そして、これまでまともにできやしなかった両親への孝行だと思っている」
エイミ「そう、わかったわ。そこまで思いが強いなら無理強いはしないわ。
逆に応援してる」
俺「ありがとう。お前も俺ももう片親しかいない身だからな、
お前も母親の面倒をしっかりみて大事にしてやれよ」
エイミ「ええ。ありがとう。ああもうこんな時間、そろそろあたし行くね。
それこそ母が待ってるし。お土産、何がいいかしら?」
俺「いっぱい美味いもん買って帰ってやれよ」
エイミ「ふふ、そうするわ」
車まで見送る。運転席に乗り込んだ彼女は助手席側の窓を開ける。
エイミ「ありがとう。またあえてよかった。身体に気を付けてね」
俺「ああ。元気でな」
エイミ「先輩もね。さよなら」
そう言い残して彼女は車を走らせ去っていった。俺はエンジン音が消えるまで
見送った。
家に戻り、神棚と仏壇の前で彼女の帰路の無事を祈り手を合わせる。
数分間の奇跡ともいえる偶然の時間。いや、偶然でなく、必然の時間だったの
か。
運命のルーレットにリユニオンという玉が落ちたのか。
見えもしない父親と祖父母の遺影のほうを向いてつぶやく。
もしかして、あなたたちが引き合わせてくれたのか、そんなことを思ってみる。
同時に、昔聴いたある曲の1フレーズが頭中を巡る。
“時が過ぎて 今心から言える
あなたに会えてよかった”と。
ーー
ライターさんより筆を置いて一言。
本筋に基づき、かなり美化し、脚色して書きました。
人は皆、消せない、いや、消したくない過去が一つや二つあると思います。
かつて付けた深い傷跡も、時が経ち、やがて薄れつつある。
そう思わせてくれたリユニオン。運命のルーレットに、今はただ感謝です。
編集後記
メルマガ色鉛筆読者の皆様、あけましておめでとうございます。
2023年最初のレポートは再会をテーマに描かれた物語でした。
久しぶりに会う誰かと声を交す時、
今は見えない自分であることに痛みを感じることがあります。
それは相手の姿が見えないという悲しみだったり、
見えなくなった自分の姿を見られることであったりします。
今の人生をあるがままに受け止め、決して卑屈になることなど普段はないのに、
再会というシーンでは、どこからくるものかわからない何かが動いて、
なぜかそこに痛みが押し寄せる、そんなことがあるようです。
しかし、この物語の中の「俺」は、
時空を超えてかつての贖罪、消えぬ十字架という痛みを感じておられます。
見える見えないなんて関係ない、人生の中に生まれる痛み、悲しみ、
そして喜びそのものが描かれた作品です。
この物語は、見える見えないを超えた感覚で筆が歩き、生み出されたのです。
そこに強いリアルを受け取りました。
人は皆、消せない、いや、消したくない過去が一つや二つあるのだと。
2023年11月、メルマガ色鉛筆は10周年を迎えます。
この記念の1年、メルマガ色鉛筆編集チームは今まで通りコツコツと歩きながら
、
これまで以上の挑戦を重ねていきます。
本年もメルマガ色鉛筆をどうかよろしくお願いします。
-- このメールの内容は以上です。
発行: 京都府視覚障害者協会
発行日 2023年1月6日
☆どうもありがとうございました。