メルマガ色鉛筆第258号「シリーズ「心の風景」その3」

タイトル 「シリーズ「心の風景」その3」
メルマガ色鉛筆編集チーム
こんにちは。
メルマガ色鉛筆編集チームです。
シリーズ「心の風景」その3です。
見えなくなってから視覚リハビリテーションにつながるまでのこと、リハビリ中のこ
と、リハビリ後のこと、その時折の心模様を自然の中の風景に重ねて語られています

 お一人目のハートは樹木の風景です。
どんな樹木なのか、読みながらイメージしてみましょう。
タイトル 樹心(じゅしん) ~エボリューション クラシックス~
ペンネーム ピーチライター(40代 男性 全盲)
「訓練前の私」 プレリュード ~前奏曲~
 視覚障害者になったことを心身ともに受け入れられずにいた。
失意のどん底にいた。
何もできなくなった…。何もかもが終わってしまった…。
誰からも存在価値を認められることもなく、このまま死んで行くのだろうか。
先のことも見いだせず、ただあてもなく、無気力な日々を送っていた。
 例えるならば。
(黒のフレームの中の写真)
重苦しい濃霧が渦巻いている誰もいない無機質な世界で、乾ききってささくれだった
、今にも枯れ崩れそうな悲壮感漂う樹木。
「訓練中の私」 バリエーション ~変奏曲~
 衝突、葛藤、挫折を繰り返しながら、よきも悪くも日々更新されていく。
向上する部分は多々あるが、あきらめていたことがだんだんと習得できつつあるとい
う実感。
同志たちからの刺激と吸収、出会いと別れ、また、先生・ボランティアさんたちから
の手厚い支援を受けつつ、おそらく、このまま佳境を迎え、人生としての一つのテー
マが終わってゆく。
そして、新たな道標へも歩み始めた。
 例えるならば。
(紫のフレームの中の写真)
潤いを取り戻した樹木は、進化という名の果実をつけ始める。
完熟寸前、成熟途中、そして、一つの青い実。
それを、つかず離れず、傍観する数名の大人たち。
「訓練後の私」 シンフォニックコンチェルト ~交協奏曲~
 降り注いでいただいたスキルによって学び得たものを、一つのコミュニケーション
ツールとして活用し、当事者、晴眼者という枠を超えた、次世代につながる啓発活動
への提供。
ささやかではあるが、無理なく、ゆっくりと施してゆきたい。
そう、新たに始まる出会いとつながりを求めて。
なんてね、カッコつけちゃいました(笑)。
 例えるならば。
(緑のフレームの中の写真)
収穫を終えた樹木は、たくさんの若葉を茂らせていた。
実りのころには、また新たな果実を設けるだろう。
晴天の空の下、それをスケッチする色とりどりの子供たち。
ーー
まさにエボリューション、進化の様を樹木で描かれました。 
 実のなる樹木の風景がそこにあり、それを囲む風景もうつろいました。
ピーチライターさんの心の風景には、音楽も重なっていました。
さて、次はどんな心の風景があるでしょうか?
タイトル 空~またいた場所で、またいた場所から~
ペンネーム ポンとおされて地球一周白細鉛筆(40代 男性 全盲)
 自分には夢があった。
あん摩・マッサージ・指圧の資格を取り、人を癒したかった。
それは亡き母との約束でもあった。
ところが、心身の状態が悪くなり、徐々に通学できなくなった。
見えにくくもなっていった。
1年休んで再度勉強がしたかったけれど、体がついていけなかった。
夢をあきらめるしかなかった。
晴れやかだった空に荒れた雷雲が心に落ち、心が折れた。
 勉強は続けられなかったけれど、見えにくさが増してきたので、再度歩行やパソコ
ンの訓練を受けることにした。
しかし、まだ心は癒えていなかった。
体調は悪いままだったから、安定して訓練を受けることができなかった。
それでも訓練は楽しかった。
見えにくい中での歩行と見えない中での歩行とはちがう。
白杖の使い方も変わる。
いよいよ見えなくなった。何もかも真っ白だ。
でも、なぜか心は前より楽になっていた。
かつてはいつ見えなくなるかという不安と恐怖があったのだろう。
それがなくなって、楽になった気がした。
少し晴れ間が見えるようになった気がした。
 心身と話し合いながらの訓練だった。
今やれることでできることをやろう。
学べることをやろう。
何ができるかわからないが、進みたい。
なんでもいいから、とにかく次につながるものを見つけたい。
 自分は空っぽで、ただそこにいるだけの人形のようだ。
何もない自分だが、これから先に進むにはちょうどいいのかもしれない。
まだ、空は荒れているが、どこかに行けば晴れるだろう!
 人を癒やせるようになるまで時間がかかりそうだが、何とか道を探したい。
自分にできるのかが不安だ。
未来はわからない。
 でも、人を癒すことは自分が幸せになることでもあるそうだ。
癒しの行為とオキシトシンとは関係があるそうだ。
オキシトシンとは幸せホルモンとも呼ばれる。
オキシトシンが分泌されるとストレスが緩和されたり、学習意欲や集中力が向上した
り、不安な気持ちを落ちつかせたり、ポジティブになりやすくなるそうだ。
例えば、按摩を受ける患者より施術者のほうに多くオキシトシンが出るそうだ。
人を癒すということは、自分も癒やすということになるようだ。
そんなことができればいいな。
ぼんやりとだが思う。
見上げる空には何もない、何も見えやしない。
でも、いいじゃないか。
人を癒すってなんだろう。
かつての目標じゃなくたっていいじゃないか。
誰かを癒したい、その夢を空に描いてみようじゃないか。
空っぽの空に、空っぽの自分で。
ーー
 空の風景にお心が投影されました。
空っぽという言葉、何もないということは悲しいだけじゃないですね。
何もない、空っぽだから、この先に続く言葉はどんなものになるでしょうか。
悲しいだけじゃないことがきっとある、ぼんやりとだけど進みたい、そんな空の風景
にご一緒しました。
 1月より3回にわたりシリーズ「心の風景」をお届けしました。
今、皆さんのお心にはどんな風景がありますか?
同じ空の下、見上げる空は一つなのに、悲しかったり、やさしかったり、さわやかだ
ったり、虚しかったりいろいろあるんだろうなと考えます。
そのちがいをそのまま共有するだけでも、分かち合えるものが何かしらあるかもしれ
ません。
また、いつの日か色鉛筆で心の風景にご一緒しましょう。
 -- このメールの内容は以上です。
発行:   京都府視覚障害者協会
発行日:  2022年3月4日
☆どうもありがとうございました。


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