メルマガ色鉛筆第44号(「私の趣味は…ギター練習です」)

タイトル 私の趣味は…ギター練習です
ペンネーム 6本の弦が教えてくれた私なりの色(40代 男性 全盲)
 レポートの要旨です。
 私が生まれたのは1971年、今年は2015年。
その中間にあたる1993年、私は全盲の視覚障害者となりました。
 全盲になって数年が経ち、普段の日常生活や移動の面についても慣れてきた頃、ふと考えました。
自分の趣味って何だろう?、見えなくても自分が本当に楽しめるものって何だろう?…と。
 あの頃から20数年が経ちました。
今、「あなたの趣味は?」と尋ねられたら、いくつか答えを出すことができるようになりました。
今回は、その答えの一つ「ギター練習」について書いてみます。
 ここから本文です。
 私は見える頃は趣味といえるようなものはなかったのですが、そのこと自体をあまり意識していませんでした。
全く見えなくなった数年間は、日常生活をしっかりと成り立たせることがまず第一の課題でしたので、
趣味がどうだのということを考える余裕はあまりなかったように思います。
 でも、生活に少しずつ余裕ができてくるとともに、周りにも同じ視覚障害を持つ仲間が増えてきました。
その中の多くが、楽器演奏だの、マラソンだの、旅行などというように、
「これが好きだ!」としっかりいえるような趣味を持っていました。
そのような趣味を持っている仲間たちはいきいきとしていましたし、私にとってはとても輝いて見えました。
とてもうらやましくも思えました。
「私の趣味は何なんだろう」。
趣味らしいものを持っていない自分がとてもたよりない存在にも思えて、少しの焦りも感じました。
では、見えない中で何を楽しみに、何を励みとしてやっていけばいいのだろうと問いかけても、
その答えはすぐには見つかりませんでした。
 ギターを習いにいってみようかなと思ったのは1996年の春、
「路上ライブ」という言葉が一般的になった頃でしょうか。
ちょうど実家にアコースティックギターがあったこと、
住んでいた下宿から徒歩5分ほどのところに音楽教室があったことも好都合でした。
 通い始めた音楽教室では、視覚障害の人は私が初めてということでした。
「やってみよう」というそれなりの意気込みはありましたが、「本当にできるかな」、
それ以前の問題として「見えない私を受け入れてもらえるのかな」という不安もありました。
でも、レッスンを担当してくださった先生もスタッフの方も、
すんなりと、そして温かく受け入れてくださったことでその不安も半分以上は解消されました。
あとは、自分なりにやってみるだけでした。
 私の場合、実際のレッスンでは先生の手の動きや指使いを見ながらというわけにはいきません。
見える頃を思い出しても、ギターを抱えガチャガチャかき鳴らしているイメージぐらいしかありませんでした。
ですから、ギターの持ち方からピックの動かし方、弦の押さえ方まで、
先生は直接私の手をとって教えてくださいました。
 コード一つを覚えるにもまた一苦労でした。
教本には、弦の押さえる場所などがイラストで一目瞭然でわかるように記されています。
でも、私の場合はそのような教本を使うことはできません。
先生は、どの弦のどの部分をどの指でというように、
実際に演奏しながら口頭でしっかり説明してくださいます。
私はそれをカセットに録音して、下宿で何度も聞き返しながら練習を重ねていきました。
 一番大変だったのは、6本の弦のチューニング。
チューニングメーターを使えば正しく調弦できているかどうか視覚的に確認することができますが、
当然ながら私にはそれは使えません。
だから、まずは基本となる第5弦のラの音を何度も聞いて耳で記憶して、
それを基準に1弦ずつ合わせていきます。
音感も音楽的な知識も全くない私にとって、結構時間と手間のかかる作業でした。
 五つぐらいのコードをガチャガチャ鳴らして1曲通して弾けるようになるにも、
2か月ぐらいかかったように記憶しています。
「見えればこれぐらいどうってことないだろうけど、
見えない中で初めてのことを覚えていくことって結構大変なことやな」と改めて感じました。
でも…「できた!」という喜びはとても大きかったです。
飽きるぐらい何度も弾いて歌って、「一人なんちゃってミュージシャン」と化していました。
弾いて歌いながら、自分自身にとって趣味と呼べるものができたという気持ちが持てるようにもなりました。
他の人よりも時間がかかった分、できるようになった時の喜びや感動はきっと大きくなるんでしょうね。
初めて弾けるようになった曲は、正直なところあまり好きな曲ではなかったのですが、
その1曲は私にとって大きな自信を持たせてくれた大切な1曲となりました。
 レッスンに通ったのは3年間ほどでしたが、その後も自分なりにギターの練習を楽しみました。
「耳コピ」してみたり、スコア本を買ってきて誰かにコード進行だけを読んでもらい、
それを覚えて1曲ずつ弾けるようになっていきました。
どの曲も、何度か弾くうちに、そのメロディや歌詞の力強さ、
楽曲を包み込んでくれるようなコードの流れなどについても、
少しずつ味わうことができるようになっていきました。
専門的なことはわからないのですが、まさにこれこそが音を楽しむ=音楽ということなんでしょうね。
 今でこそ、インターネットで検索すれば好きな曲のコード進行なども見つかります。
また、動画共有サイトなどでは、実際のギターの弾き方などを音声付きの解説で閲覧できます。
「時代は便利になったなあー」としみじみと思いますが、
あの頃に、たとえ時間をかけてでも見えない自分なりのやり方で、自分なりの楽しみ方を見い出せたことは、
今の私にとって大きな財産になっていると感じています。
結局、趣味というものは、どれだけそれに精通しているとか成果をあげたとかではなく、
そこに自分なりの楽しみをどれだけ見い出せるかなんでしょうね。
 今ならはっきり答えられます。
「私の趣味はギター練習です」と。
人にお聞かせできるほど上手ではないので、「ギター演奏」とはいえないのですが、
練習していく過程にこそ私なりの楽しみがあります。
だから、私の趣味は「ギター練習」なのです。
 さて、皆さんの趣味は何ですか?
編集後記
 見えない中で、何を楽しみに、何を励みとしてやっていけばいいのだろう。
それは、生活を成り立たせるということとは別に、
「見えない自分」として生きる上での問いかけだったのですね。
手と耳で初めてのことを覚えていくことって、結構大変と感じるからこそ、
練習の中で音の感覚と演奏スキルをつかむことそのものが醍醐味になるんですね。
 6本の弦さんのように、成果にとらわれず、楽しみは見い出していくものなのだとしたら、
自分なりのやり方を見つけるだけで楽しくなれそうですね。
-- このメールの内容は以上です。
発行:   京都府視覚障害者協会
発行日:  2015年6月12日
☆どうもありがとうございました。


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