メルマガ色鉛筆第40号(「永遠の相棒!」)

タイトル 永遠の相棒!
ペンネーム ブラックコーヒー(40代 男性 全盲)
 レポートの要旨です。
 今では朝昼晩と普通に飲んでいるコーヒー!
僕がコーヒーを好きになったのは、学生時代のバイトがきっかけでした。
読者の皆さんにも「青春の1ページ」というものがあると思います。
学生時代の彼女の話?、いやいやそれはまたの機会にでもということで、
今回はそのお店との出会いという「青春の1ページ」をお届けします。
 ここから本文です。
 僕は所用で月に一度は生まれ故郷に帰省しています。
帰るたびに必ず立ち寄る喫茶店があります。
 カラン!、ドアを開けると同時に「○○君、10番が空いているよ」というママさんの声!
見えない店内でも、僕はママさんからの言葉通りに勝手に歩いてテーブルに座ります。
コーヒーをたてている何ともいえない懐かしい香りに僕は癒されています。
今ではどこに行ってもスターバックスやタリーズコーヒーといったいわゆるシアトル系のコーヒーショップがあふれていますが、
そんな中で僕が立ち寄る喫茶店は昔ながらの喫茶店です。
個人経営としては半世紀近く同じ場所で営業している、
それは奇跡のようなお店です。
 大学時代、縁があって僕はこの喫茶店でバイトをすることになり、
2回生から卒業までの3年間をお世話になりました。
 早起きがまったく苦痛ではなかった僕は、朝番と昼番をメインにバイトに入っていました。
朝は7時にはカウンターに立って、ホールを担当されていたマスターとのコンビです。
モーニングタイムには続々とお客様が来られます。
約30席の店内は毎朝ほぼ満席状態です。
モーニングタイムのお客様は皆さん同じ時間に来店され、同じテーブルに座られます。
相席も当然のことで、無言のまま新聞に目を落とされます。
しかし、ホールを担当していたマスターは、
「1番さんホットモーニング」とか「5番さんホットね」など、
お客様から何も聞かずにカウンターの中の僕にオーダーを入れます。
「3番さんトーストのミミは切って」とか「2番さんのトーストはシナモンで」など、
お客様の好みを把握していてメニューにないものまで伝えてきます。
僕にはそのマスターのホール裁きが魔法のように見えました。
 時が経ち、ホール担当のマスターの魔法の裁きまでとはいかないまでも、
僕もカウンターの中からおなじみのお客様のオーダーが分かるようになり、
マスターからのオーダー前に準備できるようになっていきました。
 とはいうものの、その道のりまでは・・・、いやいや失敗ばかりでした。
長い1斤のパンからトースト用にパンをカットするのも、
同じ厚みになるように包丁で落としていかねばなりません。
サンドウィッチなら薄くパンを落とさないといけません。
自宅では野菜炒めを作る程度でしたので、このパンを落とす作業には苦労しました。
お昼の時間帯にはチョコレートパフェやフルーツサンドといったオーダーも入り、
作ったことのないメニューに悪戦苦闘の日々でした。
 しかし、マスターもママさんも息子さんも懐の大きな方で、
いつもニコニコしながら「かまへんかまへん」と僕の失敗を許してくれました。
僕が失敗したパンなどを下宿していたバイトにそのままあげていたので、
お店にとっては僕の失敗イコール損失につながるのですが、
僕が失敗すると、
下宿していた他のバイトは「俺の明日の朝食になるから、お前もっと失敗しろ」とまで言っていたぐらいです。
 9時半ぐらいになると、マスターと交替で息子さんが店内に入ってきます。
息子さんは僕より1歳上の同世代で、早起きは苦手だったようです。
 いろんなメニューがあったものの、何といっても主力はコーヒーだったので、
1日に何度も何度もコーヒーをたてていました。
コーヒー豆をミルでひく時の香り、たてる時のふんわりと豆が膨らむ時に漂う香り。
そんなふうにコーヒーが醸し出す香りが日常になっており、
いつの間にか僕にとってなくてはならないものの一つになっていました。
 ある日、マスターが店を空けられることになりました。
カウンターをママさんが、ホールを僕が担当することに。
いよいよマスターがいないモーニングタイムです!
日々カウンターでマスターの客裁きを見ていたし、
自分なりにも何時に誰がどこに座られるか分かっている!と、少し自信もありました。
しかし、見ているのと実際にホールに立つのとでは大違いでした。
「さすがやね、あの戦争のようなモーニングのホールができるんやもんなあ~。
やっぱり毎朝のように入ってくれているからやね」とママさんは褒めてくれましたが、
自分としては完全なるKO負けでした。
 その後も年に1、2度ほどマスターが店を空けられる時には、
僕はマスターの代役として戦争のようなホールに立っていました。
マスターと同じとまではいかないまでも、
4回生の頃にはそれなりにホールをこなせるようになりました。
苦手だった包丁裁きにも慣れて、キュウリでカブト虫を作ったりもしていました。
 僕が就職して地元を離れるとなかなかお店に立ち寄ることもできなくなりましたが、
コーヒーの香りに癒される日々は続いていました。
しかし、どこの喫茶店で飲むコーヒーも何かが違うのです。
「あのコーヒーを飲みたいなあ~」と日々思いながら仕事をしていたものです。
 そんな中、僕は突然視力を失いました。
その話を聞いた喫茶店の皆さんは絶句したそうです。
失明してから初めて訪れたあの喫茶店。
マスターの「いらっしゃい!」の声が僕を迎えてくれました。
ママさんも息子さんも笑顔で迎えてくれましたが、
その笑顔はどことなくぎこちなかったかもしれません。
「○○君、10番やけど分かる?」の声に、
僕は「分かりますよ、この店の中でしたら、見えなくてもどこにでも行けますよ」と、
誰の手引きもなく10番テーブルに座りました。
その僕の動きを見て皆さんの笑顔は確かなものになりました。
 その数年後マスターは病に伏され、病床の中でも僕の失明のことを残念に思いつつ、
「○○君とのモーニングタイムは楽しかったなあ~」と、僕との思い出を話しておられたそうです。
 マスターは他界され、今では息子さんが二代目マスターです。
朝が苦手だった息子さんも、今では5時半過ぎにはお客様を迎えておられます。
帰省するたびにお店に立ち寄っていますが、
いつも二代目マスターが僕を笑顔で迎えてくれています。
元気一杯のママさんもまだまだ健在です!
 二代目マスターになってお店のメニューもガラリと変わりましたが、
あの懐かしいコーヒーの香り&味はあの頃と同じで、
僕を温かく迎えてくれています。
そして、そのコーヒーを味わいながらしばし昔懐かしい日々に思いを巡らせています。
このコーヒーの美味しさを教えてくれた初代マスターは、
僕の「青春の1ページ」を彩る大切な相棒の1人です!
 僕を癒やしてくれる奇跡のお店、喫茶チロルは
世界遺産 二条城の近く、御池通りと神泉苑通りの北東角にあります。
お店の前に信号があり、入口は御池通りに面しています。
木を基調とした外観に赤と黒のテント、
週1、2回二日がかりで仕込まれるカレーの香りも
お店を見つけるヒントになるかもしれません。
歩道から段差を1段上がったら、木製の黒い扉がお出迎えしてくれます。
 ちなみにペンネームのブラックコーヒーですが、
僕はコーヒーにフレッシュを入れますので、本当はコーヒーブラウンなのでしょうね。
編集後記
 マスターの「いらっしゃい!」の声が僕を迎えてくれる、
青春の日も、年を重ねた今も。
見えなくても声かけだけでテーブルに着いたコーヒーさんの姿に、
変わらぬ絆を確かめ合った日、笑顔が生まれた日。
おなじみさんだから何も言わなくても分かり合える、まさに奇跡のお店なんですね。
変わらないつながりはあったかいコーヒーのようで、
ブラウンの今も癒しのひとときを連れてくるようですね。
-- このメールの内容は以上です。
発行:   京都府視覚障害者協会
発行日:  2015年4月17日
☆どうもありがとうございました。


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