メルマガ色鉛筆第268号「窓辺にて3」

タイトル 「窓辺にて3」
メルマガ色鉛筆編集チーム
 こんにちは。
メルマガ色鉛筆編集チームです。
4月よりスタートした「窓辺にて」、連載第3回です。
タイトルをしりとりでつなぎながら、いろんなジャンルの文章が登場します。
これまでに、点字、地味、ミミ、
ミント神戸、ベル、ルビーの指輪の6作をお届けしました。
そのバトンを受けて、今月は
わらび餅、ちょっとだけよ、夜遊びと
タイトルがつながれました。
窓を開いてひろがる世界、
見えない・見えにくい中でひろがる世界お届けします。
タイトル わらび餅
ペンネーム ホワイトスティック(10代 女性 弱視)
私は、和菓子の中でわらび餅が一番好きです。
プルンとした餅にきな粉と黒蜜の風味が口いっぱいに広がり、
とても喉越しがよく、食べやすい和菓子です。
とても美味しいのですが、
視覚障害があるとわらびもちを食べるのにはとても苦労します。
 私がいつも食べているわらび餅は、長方形のトレーに入っています。
トレーの大きさは10cm×15cmぐらいです。
そのうちの3分の2に黒蜜味の餅が入っていて、残りの3分の1にきな粉が入っ
ています。
餅の部屋ときな粉との間には1.5cmぐらいの敷居が付いています。
いつも食べているわらび餅は、家の近くのスーパーで手軽に購入することができ
ます。
 わらび餅を食べるときに苦労する点は2つあります。
 1つ目は、わらび餅は透明で、目では見えません。
手の感覚でフォークに餅を刺すことはできるのですが、
餅同士が連なって引っ付いているため、
餅を一つずつ取るのが難しいです。
なかなか想うようにいきません。
 2つ目は、餅にきな粉を付ける付けるのですが、
きな粉がちゃんと付いたのかどうかがわかりません。
食べてみると、きな粉が付いていないこともあります。
 トレーの深さがとても浅いので、付けるときにきな粉をこぼしてしまうことも
あります。
私は残ったきな粉に冷たい牛乳をかけて食べるのが好きなので、
なるべくきな粉をこぼしたくないのです。
 食べるのに苦労しても、食べるのをやめようと思わないのは、
やっぱりわらび餅が美味しいからです。
これからもわらび餅を愛していきます。
最後に、音楽が好きな私なので、ちょっとイメージしてみました。
わらび餅と冷たいきな粉牛乳に合う音楽って何だろう。
静かに三線をつまびく音かな。
ーー
大変だけど好きってことは、いろいろありますよね。
それが食べ物だとあきらめないってことも。
きな粉がついてなかった、ああ残念、
難しいけど好き、残念があっても好き、
 わらび餅愛から、あるあるをいただきました。
タイトル 「ちょっとだけよ」
ペンネーム 少し元気になった白鉛筆(40代 男性 全盲)
 このタイトルを聞くと、皆さんは加藤茶さんのギャグを思い浮かべると思いま
す。
自分の話は違います。
これは妄想の話です。
自分も含めて、6人の仲間でいろいろな困難を解決する話です。
あくまでも妄想なので、そんな感じの話かなというところです。
 妄想の中の自分は今の自分のように視覚に障害があります。
だから聴覚を使います。
ほかの5人を紹介します。
医者の白取、女性弁護士の永山、
力自慢の白神、刑事の川勝、
情報屋の哲也がいます。
この話、ちょっとだけ話そうと思います。
ある事件を追っている場面です。
刑事の川勝に協力させられたようです。
白神はボディガードのようにいつもついてきます。
自分は聴覚を使い遠くに離れても、相手の心音や足音を聞いて、事件を解決して
いました。
この話、どこかのドラマで聞いたような気がする人もいるでしょうね。
実はこの妄想、自分がまだ二十歳の頃の夢なんです。
何度もこの夢を見ていました。
当時、30代で障害者になるなんて思ってもいませんでしたが。
そもそもこの6人の出会いは、山での遭難からでした。
それはまた今度にしましょう。
ただ、今は、この妄想が現実で
今の現実が妄想かもと思うことがあります。
これは、他の夢を見た時と同じような感覚です。
何が実態なのかわからなくなってしまうことがあります。
自分がどこにいて、どこに向かっているのかさえわからない感じです。
そう思ううちに、社会的にこの世から消えたいと思うようになりました。
ちょっとだけよということで、これ以上はやめておきます。
いやな気持になられた方は、申し訳ありません。
同情などはいりません。
笑ってもらうほうが嬉しいです。
夢の話か、夢の続きのままの妄想か、現実の中での妄想か、
はたまた妄想と夢と現実があちこち入れ替わる感覚なのか、
いずれにせよ、なんかよくわからんなあという心持です。
ーー
 「ちょっとだけよ」と頭と心に浮かぶ状況をお話していただきました。
夢、妄想、現実、不思議なつながり、だけど何度も入れ替わり見る感覚。
何度も同じものを見るから鮮明にもなってきて、ややこしくもなる、
こういう体験、自分もあるという方もおられるのではないでしょうか。
ちなみに、消えたい思いを消えない言葉で語る、これは夢でも妄想でもない、
皆さんと共有する現実、よくわかる現実です。
そして、この文章を書かれた頃から時間が流れました。
しんどかった白鉛筆さんも、色鉛筆で心が救われたとか、
少しずつ元気になってきたよという今をペンネームにこめて下さいました。
タイトル 夜遊び
ペンネーム コーラル(40代 女性 弱視)
 夜遊びって、華やかで楽しいイメージ。
でも、わたしにとっては暗くて孤独を感じた思い出ばかり。
だって私、夜盲症だったから。
 小学5年生の時、ともだち数人と河川敷で花火を楽しんだ。
さあ帰ろうとなった時
気付くと、みんなはさっさと歩いて取り残された記憶。
鬼ごっこしててもしょっちゅうこける。
私ってドジだなぁ
顔では笑って心で泣いて
そんな子供時代の私
間接照明の飲食店でのこと。
友達と話すのは楽しいけどまわりがみえなくて不安
誰かがトイレに行くのを待って、私も!
一緒に行くふりして連れて行ってもらう
真っ暗なクラブでどんな人が話しかけてきてくれてるのか
さっぱりわからないまま、とりあえず愛想笑い。
今は夜遊びする気持ちはなくなったけど。
一人で雰囲気のある薄暗いバーにフラっと立ち寄って
そこで初対面の人と気軽に話す、
・・・なんてことにあこがれを抱いています。
ーー
 暗いところ、足元が見えない、
でもみんなと一緒に楽しみたい、だからどんくさいことになっちゃう、
笑ってごまかすしかない、本当は笑ってないのに。
子供の頃から見えにくくて、
見えるみんなと一緒だったという方ならではの思いがありました。
悲しみの先にも「あこがれ」は生まれるんだってこと、
コーラルさんの静かなほほえみを感じました。
 さて、次回の窓辺から、どんな世界がひろがっているでしょうか。
シリーズ第4弾でご一緒しましょう。
 -- このメールの内容は以上です。
発行:   京都府視覚障害者協会
発行日:  2022年6月17日
☆どうもありがとうございました。


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