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活動紹介

メルマガ色鉛筆第329号「鮎爺さんの尺八」

タイトル:鮎爺さんの尺八
ペンネーム シルバースプラッシ鮎爺さん(70代 男性 弱視)
レポートの要旨です。
 昨年11月の第320号『自由詩から「自分史」へ』のレポートでは、投網で鮎漁をしていたころのことを書いた。
今回はその後の「自分史」である。
あれから月日が流れたある日、勤務先小学校の音楽室から次の扉が開いていった。
その時にはまだ、次の扉が開き始めたことに、鮎爺さんはまったく気づいてなかった。
気づくには、もう1つの遭遇が必要だった。
それは旅先で起こった。
時間も距離も遠いその2つの出来事が、鮎爺さんを導いてくれたのです。
ここから本文です。
その1:リタイア後の鮎爺さん
 川漁をしていたころの鮎爺さんは、団地から8キロメートル程離れた小学校に勤めていた。
原付バイクが許可されるギリギリの視力がまだあった。
12年間、この小学校にはお世話になった。
その後半の数年は自転車通勤を余儀なくされた。
春と秋には、爽やかな風を感じながら、夏には卯の花などの草木の香りを楽しみながら通勤したことを思い出す。
 ある日の掃除時間のこと。
音楽室の隣にある準備室に入った時、爺さんは不思議なものを手にすることになる。
それは、小学校の音楽室に似つかわしくない奇妙な竹筒だった。
まさに未知との遭遇だ。
 音楽準備室には、どこの学校も奥に大太鼓、木琴、鉄琴などの大型楽器が、そして手前の棚には小型のシンバル、タンバリン、カスタネット、トライアングルなどの打楽器が保管されている。
たまたまその棚に手を伸ばした時に竹筒に触れた。
何の楽器だろうかとじっくり触ってみた。
それは、尺八だった。
小学校に尺八とは珍しいので、しばらく上から横から下まで触り続けた。
どうみても音の出そうな代物ではなかった。
直径4センチ以上もあろうかと思われる筒に向かって、音の出そうな勢いのある息が吹き込めるはずがない。
しかもリコーダーとは作りが明らかにちがう。
裏面には1孔前面には1センチほどの穴が4孔しかない。
これで、どうしたらドレミファソラシドの音が出せるの?
頭が混乱した。
しばらく格闘したが、当然のことながら音は出せず「壊れた楽器」として、諦めた。
とはいえ、念のため棚に戻しておいた。
その2:ケーナとの出会い
 鮎爺さんは50歳でリタイヤした。
このころにはあの音楽準備室での衝撃的な尺八との出会いのことはすっかり忘れている。
ある日、鮎婆さんが、思わぬうれしい一言を口にしてくれた。
「爺さん、久しぶりにお世話になった京都に旅行しない?」
退職記念に慰労を兼ねて旅行をしようというのだった。
すぐに目的地は決まった。
ライトハウスの訓練で京都にいた時、仲間の寮生と話題になっていたことを思いだした。
聞くところによると「東寺では毎月21日に月市(つきいち)が開かれていて、各地の産物や骨董品が軒続きの出店(でみせ)で売られている」というのである。
爺さんはそのことを忘れてはいなかった。
 東寺へは京都駅から婆さんと徒歩で西から、南にJRの鉄橋下をくぐって行った記憶がある。
二人で歩いているとじきに白壁とその脇を流れる用水路が現れた。
「鯉が泳いどるよ」
と婆さんがはしゃいだ。
鯉の色などを話題に話を続けていると、通りの先から快い竹笛の音色がしてきた。
二人はその音色に引かれるように歩を進めた。
音源は、若いお兄さんの路上コンサートにあった。
何とお兄さんは何本もの竹笛を机上に並べ、手を変え品を変え音色を変えて「コンドルは飛んでいく」などの南米の曲を吹きこなしていた。
爺さんは魅了された。
「この楽器は何ですか。」
「手に取ってみてもいいですか。」
「手作りですか。」
「売ってもらえるのですか。」等の会話が今も鮮明によみがえってくる。
お兄さんは、楽器の名は「ケーナ」と言い、手作りで3000円で売っていることを教えてくれた。
触ってみると、筒の太さは2~3センチくらいあり、竹の孔は学校で使うリコーダーと同じ数だけあった。
そして吹き口(歌口)を触って驚いた。
音楽準備室のあの壊れていたはずの尺八と同じだったのだ。
まさかこのままで、このお兄さんは「コンドルは飛んでいく」を奏でていたのか。
爺さんの興味はこのポイントに釘付けになった。
爺さんは、その場でしばらくコンサートに聞き入った。
婆さんに、何度たずねても
「吹き口にはリードのようなものも何もつけずに吹いてるよ」
というのだった。
爺さんは
「よし、何が何でも吹けるようになってやる」
と意を決めて3000円を支払った。
爺さんと婆さんはケーナの音色を振り返りつつ、月市のほかの品々はそこそこに見物して、お寺にお参りをし、勇んで帰路に就いた。
自宅に帰るや否や 爺さんは、お土産のケーナの箱を取り出し、先ずは「コンドルは飛んで行くから…」と「東寺」のお兄さんさながらに「♪ラー ドシドレミレミファソー…」と息を吹き込んでみた。
思いのほかというか案の定というか1音も音にならなかった。
複雑な思いになった。
鮎爺さんはこの日から、ケーナ爺さんに変身することにした。
毎年町で開かれる「文化フェスティバル」に参加することで人前でケーナの音を聞いてもらおう。
路上コンサートにはならないまでも、年に一度のフェスティバル会場の反応を楽しみにして精進しよう。
あの音楽室の尺八の音を出すには、同じ歌口のケーナで音が出せることがどうしても必要となる。
爺さんは精神的な柱が立ち、完全にケーナ爺さんに変身できた気がした。
(つづく 次回予定タイトル:ケーナから尺八爺さんへ)
編集後記
 数ある楽器の中のケーナ、そして尺八との出会い、それは偶然のようであり偶然以上のことのようでもあります。
楽器が新たな精神的な柱になった。
楽器が心の扉の鍵となり、扉の向こうにしまってあったもう1つの力、底力が動き出して、それが精神的な柱になった。
そんなふうにも思えます。
 このレポートの編集中に、私事ですが尺八を手に取って試すチャンスがありました。
偶然とはふしぎですね。
吹き口は、息を吹き込むと音が鳴るリードがなくてスカスカです。
あれで音が鳴るとは、これまた本当にふしぎに感じます。
さあシルバースプラッシ鮎爺さんは、よい音を出すのに、この後、楽器とどんなやりとりをして行かれるのでしょうね。
 -- このメールの内容は以上です。
発行:  京都府視覚障害者協会
発行日:  2024年2月2日
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