活動紹介
メルマガ色鉛筆第305号「乗り物になってみた」
タイトル 乗り物になってみた
メルマガ色鉛筆編集チーム
こんにちは。
メルマガ色鉛筆編集チームです。
今回は主人公が乗り物になったストーリーを2編お届けします。
見えない・見えにくいお二人が、
頭と心で場面や心模様をイメージしながら物語を創作されました。
まずは、レジャーボートでおなじみのスワンボートから。
タイトル 僕は飛べないスワン
ペンネーム しろ(50代 女性 弱視)
僕は飛べないスワン
みんなは僕のことをスワンボートって呼んでる
でも ほんとはプカって名前なんだよ
僕のお父さんの名前はヒロ
僕のお世話をしてくれるご主人様だよ
ヒロだけは 僕のことをプカって呼んでくれるんだ
僕ってさ
ただぼけっと浮いているように見えるだろ
でも、ちがうんだよ
いろんな人を乗せてるからさ
おなかのペダルはヘトヘトなんだ
逆にさ
がんばってペダルを踏んでくれる人ばかりじゃないんだよ
ただ池の中でぼけっと浮いているだけのことだってあるのさ
大抵 そんなときは なんだかきまずい空気が流れてて
僕の頭の後ろでお客さんはモソモソしてるんだ
すると 僕の背中はかゆくなって
僕までモソモソしたくなるのさ
僕にはうしろは見えないからさ
しらんぷりしてじっとしてるのさ
そんなときにかぎってさ
友達のシューのほうからおかしな声が飛んでくる
「ヒュ ヒュー」だってさ
すると いきなりペダルが激しく動き出して
僕はぐんぐん進むのさ
僕は静かにじっとしていたってのにさ
シューのお客は ちょっとおバカなのかな
時にはさ
なんだか さみしそうな親子が乗ってきたりしてさ
そんな時は僕の体は重くなるんだ
久しぶりだとか もう会えないだとかさ
お客さん ごめんね 聴こえてるんだ
僕の頭のうしろには さみしい風が流れていくんだ
そんな時はさ
僕は お天道様や 森の葉っぱさんにお願いするんだ
「背中の二人に あったかいもんを届けてよ」ってね
なんでかわかんないけどさ
二人に ただ笑ってほしくてさ
今日も僕は池に浮かんでる
ヒロが「プカよろしくな」と僕の頭をなでてくれる
これが ヒロと僕の今日のはじまりの合図さ
隣でシューもユラユラ風に吹かれてる
僕は飛べないスワン
ただ ぼけっと 浮かんでる
今日も誰かを待っている
ーー
風に吹かれたり、水の音を聴いたり。
ボートに乗るとなんだか道の上ではない感覚がありますね。
まさにぼんやりとした心模様に似合う乗り物ですね。
ゆらりゆらりの中、スワンの顔は無表情、それも物語にぴったりです。
お次は、リンリンリン、時の旅に出発です。
タイトル 「車輪のリューズ」
ペンネーム アクリル絵具(30代 女性 弱視)
今日は主が寝坊したらしく、私もクタクタだ。
私は主を乗せて、もう10年になるだろうか。
初めて主を乗せた時、私はもう生まれ故郷に帰りたくて仕方がなかった。
毎日、何度も何度も地面に叩きつけられ、乱雑に起こされ、本当にうんざりした
ものだ。
私はモノなので痛みこそ感じないが、だからと言って乱暴にされていい謂れはな
い。
それでも、この小さな主を乗せるのが私の生まれた理由なのだからたまったもん
じゃない。
気づけば主は、私を地面に叩きつけたりこすったりすることが少なくなった。
少しだけ重くなった気がする。
まあ、私のタイヤがちょっとへこむくらいの差だ。
たいしたことではない。
主は「トモダチ」というものと楽しそうに話している。
その楽しい空間に向かうときの主のペダルを漕ぐ力強さが、私は大好きだ。
私は私の本領を発揮する。
いつものように「学校」というものに向かう日、なんだか主の踏み込みが軽い
気がした。
どうせ昨晩、夜更かしでもして寝不足なのだろう。
まったく、しょうがない主である。
主が、泣きながら私に乗った。
ものすごい勢いでペダルを漕ぐ。
どうした、何があった。
やめてくれ、私に塩水は大敵だ。
いや、そうじゃなくて。
昔みたいに乱暴に扱われるほうがよっぽどマシなくらい、主の込める力が痛かっ
た。
主の服が変わった。
制服というそうだ。
サイズが合ってない気がするのは私だけだろうか?
私の歯車に何度も裾をひっかけながら、主はまた重くなった体で私を漕いだ。
どんどん伸ばされてくサドル。
もうそれ以上伸びないからやめてくれ。
主はもう私を乱暴に扱わない。
また主の服が変わった。
制服に似ているが、それとは違う。
スーツというそうだ。
主は仕事をするようになったんだそうだ。
なら私のほうが先輩だ。
しっかり見ていろ。
私は私の仕事を全うする。
主を目的地に運ぶ手助けをする。
主の力強い踏み込みにこたえる。
まあ、今日はお得意の寝坊をしたものだから、久しぶりにめちゃくちゃに漕がれ
てしまったけど。
あの頃の痛みはない。
それだけで十分さ。
行ってらっしゃい、主。
ーー
手回し時計のリューズ、なつかしく感じられる方もおられるでしょう。
くるりとねじを巻いては、時を刻んでいきます。
自転車もまた主がいてこそ動くもの。
いつもそばにいて、くるくる回りながら前に進んできたもの。
それぞれの場面ごとに、まるでペダルを踏む感覚がよみがえるようです。
さて、読者のみなさんの心の中には、レポートを読みながらどんな絵や音やイ
メージが浮かんでいましたでしょうか。
外の世界を見るのは、見えない・見えにくいとしても、心の中の世界はまた別物
。
豊かな世界が広がっているとよいと思います。
さあ次はいつどんな豊かな「もしも」のレポートが届くかな、また届いたら心
の中の世界にいっしょに遊びましょう。
-- このメールの内容は以上です。
発行: 京都府視覚障害者協会
発行日: 2023年6月16日
☆どうもありがとうございました。