活動紹介
メルマガ色鉛筆第124号「涙のある風景」
タイトル 「涙のある風景」
メルマガ色鉛筆編集チーム
こんにちは、メルマガ色鉛筆編集チームです。
涙、思わず流れたり、こみあげたり、とめどなくあふれたり。
喜怒哀楽、その他もろもろの涙体験、
皆さんもそんな記憶が一つ、二つ・・・あるかと思います。
今回は、涙のある風景を二つお届けします。
タイトル 「涙のある風景」
ペンネーム あさぎ(30代 女性 弱視)
お経が終わっても実感は薄かった。
花に囲まれライトアップされた祭壇でほほえむ祖父は、私が知っているよりずっ
と若く、別人のように見える。
定期的に会ってはいたけれど、口べたな祖父との会話はさして多くはなかった。
けれども、その少ない交流の中で、彼が糖尿病で苦しんでいたのを知っている。
透析がつらくてつらくて、毎日のようにふせっていたのも知っている。
早く楽になりたい。
こぼした祖父に、私はかける言葉がなかった。
朗々と、詩吟が聞こえてくる。
祖父の知己が、祖父が長年嗜んで(たしなんで)いた唄をささげてくれている。
十数人の声がホールに満ちて、空気が重く震え出す。
親族が、友人が、知己が祖父を惜しみ送る気持ちがざあざあと降り注いでくる。
おじいちゃん、今までありがとう。
私の目のことをずっと心配してくれて。
エクレアを買ってわざわざ届けに来てくれて。
作ってくれた野菜、おいしくて、大好き。
おじいちゃんが奉行をしてくれてたすき焼き、
体調不良や面倒がって、参加しなかった日もあってごめんなさい。
詩吟、教えてほしかったけれど、最近は唄うこともままならなかったみたいで、
見ているこっちもしんどかった。
ああ、やっと、やっと・・・。
私は俯いた(うつむいた)。
ぽたり、ぽたり。
やだなあ。
どしゃ降りじゃないか。
「苦しみからの解放」
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タイトル 「涙のある風景」
ペンネーム 若芽(70代 男性 弱視)
長い間世話になってきた体重計の調子が悪くなった。
今年の初め、健康管理のため、より詳しい情報が得られるあのタニタの音声体
重計の支給を受け、使用を始めた。
それは、私が躓かない(つまずかない)ように居間の片隅にポツンと置かれてい
る。
就寝前には日課として必ず体重を測定する、分かちがたい愛用機だ。
この愛用機は私の体のバランスの悪さを慮ってか、
台に足を乗せると、「体組成測定中」と言うやいなや、
「体組成測定終了、降りてください」と大きな声で優しく指示してくれる。
この横で無造作に転がっている空気の抜けたバランスボールがとても寂しそうだ。
私と体重計の関係は、裸足にならなければならないという不便はあったが、良好
そのものであった。
ところがである。
5日ほど前に、いつものとおり体重計から降りて結果を聞いていたら、どこか違
和感を感じた。
これまでとは少し異なる響きがあった。
とても気になったので再び測定して、注意して音声を聞いた。
登録番号、性別、年齢、身長、体重と、ここまではなんの問題もなかった。
だが、次のBMI数値の項目が通常どおりではなかった。
他の項目では、「マイナス標準」「やや過剰」「多い」「低い」とかの評価が数
値に対して行われているものはあった。
BMIに関しては今まで無記入だった。
BMIは身長と体重から肥満度を示すものだから、私は安心していた。
さて、私の評価は「やせ」だった。
かん高い調子の音声で「やせ」と聞かされて、無性に気分が悪くなった。
自分が痩せて(やせて)いることは十分に自覚している。
再測定して再確認したが、やはり同じ表現。
本当に腹が立ち、怒りが込み上げてきた。
そのまま立ち去った。
次の日の夜も同じ言葉が流れてきた、「やせ」。
私はただ訴えた、「そんな言い方はやめてほしい」と。
冷やかに、悲しげに。
次の日の夜が来た。
体重計は、もとのとおり澄み切った声で歌ってくれた。
涙で目がうるむ。
愛用機のディスプレイも湿っていた。
編集後記
今回の涙のある風景には、平安と安堵がありました。
まさか涙流しちゃってるの?、なぜかにじむ涙、どちらも静かに生まれた雫(し
ずく)のようです。
涙を流すこと、それは感情のバランスを整えるための体の反応。
自然治癒、わが身をいたわる作用なのかもしれません。
そう考えると、泣き虫さんて素敵ですね。
涙もろくなったなあと感じたら、それは新しいステージへのサインなのかもしれ
ません。
そういえば最近、なんだか私・・・。
涙腺サインを受け止め、慈しみ、新しい自分力を歓迎したいと思います。
-- このメールの内容は以上です。
発行: 京都府視覚障害者協会
発行日: 2018年6月29日
☆どうもありがとうございました。