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メルマガ色鉛筆第90号「兄のクロスカウンター」

タイトル 「兄のクロスカウンター」
ペンネーム ホワイト・アッシュ(40代 男性 弱視)
 レポートの要旨です。
 1970年代、週間『少年マガジン』に連載され、
全国の少年たちの心をわしづかみにした「あしたのジョー」というボクシングマンガがありました。
少年時代の私は8歳年上の兄と2人でこの作品にハマり、
「あしたのジョーごっこ」に興じて前歯を折ることに・・・。
 15年前の兄との突然の別れ、
以来、「どうしてあのとき・・・」とこぶしを堅くし、胸を締めつける感覚は
私の中から消えることはありません。
私が亡き兄から最後に教わったものとは・・・。
 ここから本文です。
 1970年3月24日、力石徹が死んだ。
「あしたのジョー」狂いだった俺は、まるで恋人を亡くしたかのように悲嘆にくれた。
頭が良くてハンサムで、ケンカも強かった俺は、さらに無敵になりたくて、
ばあちゃんにせがんでボクシングの入門書を手に入れて日夜トレーニングに励んだ。
力石の死後、さらにボクシングに熱中した。
 2年後に弟が生まれたとき、いずれこいつを相手にストレスを発散しようと決めた。
弟はデブで、頭もあまり良くないやつだったが、素直なところだけはとりえだった。
ボクシングを教えたら、おもしろがって相手をせがんだ。
もちろん手を抜きつつ、ケガをさせない程度にボコボコにした。
 あの日は唯一の誤算だった。
弟は少しでかくなり、水泳なんてくだらないものを始め、腕力だけ強くなった。
いつものように「あしたのジョーごっこ」に誘ってやったら、なぜか弟はいつもより抵抗した。
強い俺も少しだけ本気になった。
矢吹丈と力石徹のつば迫り合いのようなこぶしのやりとり。
本気で向かってきた弟に、俺は思わず力石ばりのクロスカウンターを決めたのだった。
 あの日、僕は兄のパンチで前歯を2本折られた。
まだ乳歯だったので無事に大人の歯が生えてきたが、あの日以来、兄が少しこわくなった。
まあ、それ以前に、何をやっても兄には勝てなかった。
勉強も、遊びも、ボクシングも。
兄は女の子にもモテて、いつもきれいなおネエさんを連れていた。
僕はさっぱりだ。
 兄は好きなように生きて、大学の卒業直前に突如中退し、
子供の頃からの夢だった別の学部に再入学した。
当時E判定を並べていた僕だったが、兄のアドバイスだけを忠実に守り、
2年後、奇跡的に兄と同じ大学の同じ学部に滑り込んだ。
 兄と弟の葛藤は、2人が同じ大学の同じ学部に籍を置いたときから明らかになった。
兄は頭が良く、人生を斜に見るところがあり、大学では年下の同級生から敬遠されていた。
世間を知らない弟は、素直に兄の振る舞いを真似た。
元来のキャラに合わない上、周囲から孤立していた兄を真似たため、弟もたちまち周囲から孤立した。
ほどなく、弟は兄を毛嫌いするようになった。
自分がうまくいかないのは、全部兄が悪いのだと思いたかったのだ。
 兄弟の父は、兄が高校在学中に原因不明の目の病気を患った。
弟は「気の毒に」程度にしか考えなかったが、
兄は自分も色を見分けられなくなったと知った日から手当たりしだいに医学文献を読みあさり、
自分の未来を悟った。
 弟は、一足先に専門職になった兄の視力にはっきりとした異常が現れたとき、
屈折した喜びを感じた。
初めて何かの点で自分が兄よりも優位に立った気がしたのだ。
その一方で、すでに自分自身が色を見分けられなくなっているという事実からは
必死で目をそむけた。
 目が悪いのに必要以上に未来が見えてしまった兄は、
憧れの職業についたにも関わらず未来に怯え、酒に溺れた。
 その結末は、あっけないほど突然やってきた。
弟は、こと切れた兄の口元から突き出した人工呼吸用のチューブを震える手で引き抜きながら自分自身を呪った。
その頃には、弟の目にもはっきりと視力低下の兆候が現れ始めていた。
どうして、もう少し助け合うことができなかったんだろう。
どうして、クロスカウンターのお返しをして、殴り合いをしておかなかったんだろう。
どうして、もっと本気で向き合わなかったんだろう、たった1人の兄と。
 15年前、私が君から最後に教わったことは三つある。
 お前は1人では生きていけない。
助け合って生きろ。
それが、俺とは違う、お前らしい生き方なのだから。
 お前は怯えて生きる必要はない。
人生という好敵手と本気で殴り合う覚悟を持て。
前歯くらい折られたとしても、立て、立つんだ。
 お前は本気で向き合わなければいけない。
他人とも、自分自身とも。
そうでないと、後悔することになる。
俺たちの別れのときみたいにな。
 その後、私は視力の一部を失い、たくさんの助け合える仲間を手に入れた。
人生という好敵手と殴り合い、他人と自分自身に本気で向き合う覚悟を手にしたかどうか、まだわからない。
しかし、まあ、焦る必要はない。
君の分まで長生きして、一生かけて手に入れればそれでいい。
手に入れたと思えたら、また会いに行くさ。
そして、君の墓標にクロスカウンターを決めてやるんだ。
あの日のお返しにな。
編集後記
 家族を亡くし想うこと、それは時間を重ねても変わらない大切な問いかけとなります。
折にふれてその「語るもの」と自らが対話する、
それはもう1人の自分をその「語るもの」の中に見ることになりますね。
ときに悔み、悲しみ、震えても、その対話が消えることがないのは、
亡き命が語るものが不動であるからなのでしょう。
そして、合掌し祈る言葉は亡き命への語りであるとともに、
そこに重なり一体となる自らの魂への語りにもなってくれます。
-- このメールの内容は以上です。
発行:   京都府視覚障害者協会
発行日:  2017年3月24日
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