メルマガ色鉛筆第352号「おやじ観察日記」
メルマガ色鉛筆より
クリスマスプレゼントのストーリーをお届けします。
主人公はクリスマスプレゼント、この設定で物語を創作しました。
お話を自由に書いていくのですが、
なぜだか自分が体験した場面がちらほら出てきます。
物語を書いていると「この物語、いったいどうなるんだろう」だなんて感覚にな
るんです。
自分が書いているのに、不思議な感覚でした。
では、はじまり、はじまり。
タイトル 「おやじ観察日記」
ペンネーム 乙女座のトナカイ(女性 全盲)
私はフルーティーで少し甘い香りの香水です。
おしゃれな小瓶に入っていて、ちょっと高価です。
小さい箱に入れられて、綺麗な包装紙に包まれた後、可愛いリボンを結んでラ
ッピ
ング完了。
この私を買い求めてくれたのは、20代後半のOLさん。
OLさんの職場では、クリスマスパーティーで全員参加のプレゼント交換をする
らし
い。
私たちプレゼントは一カ所に集められて、それぞれ番号のカードを貼り付けら
れま
した。
パーティーも後半になると、いよいよプレゼント交換のためのくじ引き大会が
始ま
りました。
私の番号を引き当てたのは、大柄で色黒の無口なおじさんでした。
おじさんはプレゼントの中身も確認しないまま、ゴツゴツした大きな手で乱暴
に私
をつかんで持ち帰りました。
何の興味もないのでしょう、プレゼントのリボンも包装紙もそのままに私は台
所の
テーブルに置きっぱなしにされました。
いつの間にか新しい年ははじまっていました。
お正月休みも残りわずか、おじさんは突然、私のリボンと包み紙を開けた。
初めて私が香水だったことに気がついたようだ。
おじさんはゴツゴツした大きな手で私を振ってみたり、色黒の顔を近づけてクン
クン
したり。
私にとってそれはそれは耐えがたい苦痛だった。
「お願い、やめて!やめて!」と、私は全力で抵抗したかった。
けど、残念ながらこの声は誰にも聞こえない。
「何でおやじなの?私を買ってくれたOLさんの家に行きたいよ」と悲しくなっ
て号泣
した。
何を思ったか、おじさんは自分のシャツに私をプシュッとした。
「あ~最悪!」私はショックで倒れそうになった。
プシュッとしたシャツからフルーティーで甘い香りが漂ってくると、色黒のおじ
さん
はニヤッとした。
「キャー、気持ち悪い!誰か助けて!」と、私は失神寸前になりながら、渾身
の力
を振り絞ってさけんだ。
声が出ない私のもとには、悲しいかな救いの手はなかった。
私は香水だからという理由で、「かおりちゃん」という安易な名前をつけられ
た。
最低な気分の上に、さらにひどい提案が届いた。
「明日から一緒に会社に行こうな」
私は絶望的な気持ちになった。
「えっ、どうしておやじと一緒に会社?」と、私はまたもや失神しそうになった
。
私は何故かスヌーピーのハンドタオルに包まれて、おじさんの上着のポケット
に入
れられた。
朝のラッシュでもみくちゃにされながら、同伴出勤することになった。
おじさんの会社は午前中は新年の挨拶回りで、午後からは新年会という名の飲
み会
があるようだ。
「新年会で私を買ってくれたOLさんに会えるかもしれない」と、少し期待した
。
それもつかの間、お昼休みトイレで歯磨きしていたおじさんが、あろうことか自
分の
Yシャツの襟に私をプシュッとした。
しかも、鏡を見ながらニヤッと笑った。
「ゲゲゲー」、私は吐きそうになった。
とはいうものの、ゴツゴツした大きな手が、私をスヌーピーのハンドタオルにや
さし
く包んでくれたので、
なんとか平常心でいられた。
会議室のごちゃごちゃっとした雰囲気の中、簡単な立食パーティーが始まった
。
乾杯をした後、聞き覚えのある女性の声が近づいてきた。
これは最後のチャンス!
「OLさーん、私はここよ!」と、ポケットの中でジャンプしながら大暴れして
みた。
彼女は気がついてくれなかった。
「今年もよろしくお願いします」などと、あちらこちらから新年の挨拶が聞こ
えて
くる。
「あらっ佐藤さん良い香り。もしかして、クリスマスの時の香水ですか?」と
OLさ
んの声が聞えた。
「そうそう、こんなおっさんに香水が当たるなんて、ちょっと残念だったんだ
けど、今ではこの香りが大好きになっちゃってね」と、
色黒の顔をくしゃくしゃにしておじさんはOLさんに話していた。
私は「もう二度とOLさんのところには戻れないんだ」と、自分に言い聞かせた
。
どうやっても戻れないんなら、
「この色黒のおやじ、もしかしていい人かもしれないな」と思い込むことにした
。
そうすれば、大嫌いなおじさんと楽しく毎日が過ごせるかもしれない、とりあえ
ず我
慢しようと。
あの日から毎日を楽しく過ごすための、「おやじ観察日記」が始まりました。
観察を続けてみると、大柄で色黒のおじさんは几帳面な性格で、一人暮らしの
部屋
は綺麗に整頓されています。
私が一番驚いたのは、おじさんはスヌーピーが大好きだということ。
おじさんはかわいらしい小物を集めて飾るのがお好みのようでした。
この間は、大きな背中を丸くしながら、ゴツゴツの大きな手を上手に使って、
部屋
の模様替えをたのしんでおられました。
よく晴れた休日の午後、きちんと整備された自転車(おやじチャリ)に乗って、
おじ
さんはお出かけです。
遠くのショッピングモールまでお出かけするのがおじさんの楽しみのようです。
キャラクターショップをいくつも観て回って、お気に入りのグッズを買って帰る
と
、早速部屋に飾りつけ。
おじさんのお出かけには私はいつも一緒です。
おじさんは必ず私をプシュッとして、スヌーピーのハンドタオルに丁寧に包んで
、ポ
ケットに入れます。
よく考えてみると、私は毎日おじさんと一緒です。
出勤の朝はYシャツにプシュッ、休みの日も出かける前に必ずプシュッ。
毎日おじさんのお伴をしていたら、小瓶の中の私は一滴も残らず消えていました
。
「かおりちゃん、今までありがとうな」と、ゴツゴツの大きな手で私を大切そ
うに
握りながら、
おじさんは私にお別れの言葉を言いました。
突然のことでした。
「かおりちゃんと同じ香水を探してくるな」と言って、空になった小瓶の私を
スヌ
ーピーのハンドタオルに包んで、
デパートの化粧品売り場を何カ所も探し回ったようです。
探しても探しても、私と同じ香水は見つかりません。
「これと同じ物を探してるんですけどー」と、おじさんは恥ずかしそうに私が
入っ
ていた小瓶を見せて、デパートの店員さんに聞いたそうです。
説明を聞いてみると、私はクリスマスシーズンだけの限定商品で、残念ながら
同じ
物はもう手に入らないようです。
店員さんは、私と同じようなフルーティーで甘い香りの香水をおじさんに薦め
たが
、「いや、違う香水はいりません」とお断りして、
帰路のおじさんの顔は寂しそうでした。
「かおりちゃんごめんね、かおりちゃんの妹を見つけられなかったんだ」と、
大き
な背中を丸めて、小さい声で寂しそうにつぶやきました。
私はなんともいえない気持ちで、「ごめんなさい、最初はおじさんのこと大嫌
いだ
ったの」と謝りたかったけど、小瓶の中は完全に乾燥していて、声を出すことは
でき
ませんでした。
毎日スヌーピーのハンドタオルに包まれて、おじさんのポケットの中で、けっ
こう
楽しかったことに、今更ながら気がついた。
「おじさん短い間だったけど、本当にありがとう。いつまでも元気でね」と、
声に
ならない声で、心の底からお礼と応援の言葉を贈った。
「おじさん、いつもやさしくしてくれてありがとう。かおりは幸せだった」。
編集後記
クリスマスプレゼントになってみる、なんだか楽しそうだけど難しそうですね
。
物語を書くということは、
いつもの自分とはちがう動きができる場所に行くことでもあります。
それでも、なんだか不思議ですね。
ちゃんといつもの自分がいるんですね。
かつての自分もいるんですよね。
物語を読み返すと、私はどんな私なんだろうということを考えることにもなるよ
うです。
2024年最後の色鉛筆はクリスマスプレゼントの物語でした。
かつて見えていた頃の風景や思いとともにありながら物語は描かれています。
この物語を読んで思い出した言葉があります。
「見えても見えなくても私は私、あなたはあなただから」
クリスマスにあたたかな思い、記憶の引き出しが開きました。
まるでサプライズプレゼント、うれしくなりました。
2024年も色鉛筆を支えていただき、レポートへの感想を寄せていただき、
ありがとうございました。
来年も平安のうちに色鉛筆を通して皆様とご一緒できれば幸いです。
メリークリスマス。
-- このメールの内容は以上です。
発行: 京都府視覚障害者協会
発行日: 2024年12月20日
☆どうもありがとうございました。