メルマガ色鉛筆第240号「小さな歩行訓練士」
タイトル 「小さな歩行訓練士」
ペンネーム ホットブラウン 50代 男性
レポートの要旨です。
視力が低下した私は、休職し復職に向けて訓練に取り組んだ。
通勤経路の歩行訓練を受け、後日、1人でその自主練習をすることにした。
そんなときに出会ったあなたは、小さな歩行訓練士みたいだったね。
私がもらったのは、小さくない勇気、そして心のぬくもり。
ここから本文です。
リハビリセンターでしっかりと歩行訓練ができたこと、とても感謝している。
杖の持ち方、振り方から学び、えんせきなどに杖を軽く当てて進む伝え歩きを何度も
何度も繰り返した。
少しずつ街に出ての訓練が始まる。
これはプロ野球でいえばキャンプかな。
電車に乗ったりするのがオープン戦だろうか。
そんな復職を目指して懸命に取り組んでいた頃の、嬉しい出会いのエピソードがある
。
1年半に渡ったリハビリ期間も終盤の3月、復職に向けて、通勤経路の歩行訓練を
受け終えた。
そんなある日の昼下がり、通勤経路の一部、駅から職場への路で、自主練習をするこ
とにした。
見えている人なら10分足らずの道のりだが、駅前の信号は音声信号ではないし、静
かな住宅街のため、目印や手がかりが少ない路だ。
教わった歩行訓練士さんから合格をもらったものの、ちゃんと行けるか不安は尽きな
い。
案の定、駅前ロータリーで、いきなり立往生した。
その時だ。
「大丈夫ですか?」
背中の方から、いや、腰の方から、女の子の可愛い声がした。
「点字ブロックは、右側にあります」
「信号、まだ赤です」
などと教えてくれる彼女に、お礼を言いながら信号を渡る。
何歳くらいだろうか?
私、身長160センチとコンパクト設計の私よりも随分小さいぞ。
信号を渡り終えてからも、女の子も同じ方向へ行くようだ。
安全に通えるよう、自分一人で歩けるように練習中なんだよと告げて、ゆっくり進む
。
次の小さな横断歩道は無事クリア。
右折して銀行の前を進んでいく。
よしよし。
少し余裕のあるところでお話する。
女の子は4月から4年生になるそうだ。
学校には電車で通っているという。
超スローの私のテンポに併せて、ゆっくり歩いてくれている。
路地に入り、小学校の横を通る。
グラウンドからはボールを蹴る音と、元気な声が響く。
ここまできたらもう少しだ。
しかし、住宅街で、またまた立往生しそうになる。
すると、「もう少し左です」との声。
ここは一声必要という場面だけ、声をかけてくれる。
先回りしないで、私が迷った時だけに絶妙な頃合いで一声くれる。
観察力、洞察力が豊かなのだろう。
そして、寄り添う優しい心もあるから、自然にできるのだろう。
まるで歩行訓練士に指導してもらっているようだ。
時間があるからと、女の子は職場まで付き合ってくれるという。
坂道にさしかかった。
そこの角を曲がればあと少しだ。
背中を押すように春の風がそよぐ。
小鳥のさえずりも応援に聞こえる。
職場にたどり着き、女の子と笑い合った。
「おはようございます」
そんな彼女が、今では高校生だ。
時々ばったり遇うことがある。
遇うと、体育祭で自分のチームが勝ったことや、カルタ部がとても楽しいことなど話
してくれる。
あの時、応援してくれたこと、ずっと忘れないだろうな。
そして、おじさんはあなたの今が、未来がハッピーであるように応援しているよ。
あなたがくれた小さくない勇気と心のぬくもりとともに。
編集後記
小学4年生の子が、なぜか見えない歩行の一声必要な場面がわかるのでした。
うそみたいな本当の話。
人の持っている可能性、わかり合える可能性を示しているようでもあります。
似た経験をした人はいらっしゃいませんか。
実は私もあります。
とはいえ、その時限りでホットブラウンさんのように、その後もばったり遇うことは
ありませんでした。
すてきですね。
世の中がすてきなことで満たされる。
そんな可能性を夢想いました。
-- このメールの内容は以上です。
発行: 京都府視覚障害者協会
発行日: 2021年9月3日
☆どうもありがとうございました。