メルマガ色鉛筆第223号「人生、こんなタン・タン・タンな展開が待っていようとは…」

タイトル 「人生、こんなタン・タン・タンな展開が待っていようとは…」
ペンネーム 水色の風(70代 女性 弱視)
★レポートの要旨です。
 皆さん、三線(さんしん)ってご存じですか?
そう、沖縄の三味線、あのへび皮を張ったやつです。
音痴で音楽苦手の私が、70歳を目前に三線を始めることになるなんて…。
では、ゆるーりと「タン・タン・タン」といきますね。
★ここから本文です。
 今から5年ほど前、私は就労継続支援B型事業所で働くこととなった。 
あの今はなき伝説の「町家カフェ さわさわ」だ。
さわさわでは、全盲の三線奏者 玉城忍さんが週1回「島唄なひととき」というライ
ブを開催しておられた。
以前に何度か玉城さんのライブを聴き、島唄ファンになっっていた私。
厨房で仲間たちと島唄を聴きながらコーヒーなどのドリンクを作る。
なんていい職場なんだろう。
時には手拍子や太鼓で盛り上げたり、お客さんと一緒にライブを楽しんだり。
なんて楽しい場所なんだろう。
そのうち私は、玉城さんとさわさわでのミニコンサートやライブの企画をするように
なった。
音楽が大の苦手の私は、もちろん裏方だ。
宣伝活動でお客さんを集めたり、当日の段取りをしたりと、結構楽しくてやりがいの
ある仕事だった。
 次第に、音楽を通して見えない人、見えにくい人、見える人、いろんな人が集うよ
うになった。
楽器を持参して演奏する人、うたう人、仲間の輪はどんどん広がっていった。
そのうち、ウクレレやギターなど楽器を始める人も。
みんな初心者で四苦八苦、でもすごく楽しそう。
いいなあ。
私もなんか楽器をやりたいなぁ。
でも、音痴で楽器に触ったこともないし。
やっぱりとてもじゃないけど無理だな。
そっと指をくわえているだけの私だった。
 そんなとき、玉城さんがさわさわで三線教室を始められた。
2019年7月のことだった。
私も三線が弾けたらなぁ。
でも無理だよな。
やはり、私は指をくわえているだけ、あきらめ気分。
目の前で生徒さんたちは上達していく。
みんななんとか1曲弾けるようになっていく。
それでもひたすら指をくわえている私。
心の奥がムズムズ、うらやましいな。
ある時、とうとうムズムズは声を成した。
「私も三線弾きたいなぁ」
私の声を聞きつけた玉城さん。
「一緒にやりましょう。楽しいですよ。ちゃんと指導するから大丈夫」
なんと優しいお言葉、私は即笑顔に。
こうして私はふらっと三選を始めることとなった。
 見えない師匠と見えない弟子。
見よう見まねができない私。
「あのー、三線の構え方とバチの持ち方がわからないのですが…。
「どれどれ、ちょっと失礼、」と師匠が手探りで確認。
私も「失礼します。」と師匠の構えを手で確認。
構えが決まるまでに一か月、前途多難な滑り出しだった。
次に、師匠の「三選は歌のほうが大切ですから」というお言葉が。
うわぁ、パンチ、音痴の私は愕然。
ちょっとつま弾けたらいいな、癒されるかな。
音痴はスルーして、ラフに考えていたのに、トホホ。
もう、こうなったら、指もくわえられない。
指なんかくわえてたら歌えやしない、歌うしかない。
まずは発声練習、歌唱指導から。
なんとか師匠手作りのCDを聞いて歌詞と譜面を覚えた。
3か月ほどで最初の課題曲「あさどやゆんた」を弾けるようになった。
そして毎年大丸で行われる「あい・らぶ・ふぇあ」の舞台に立つこととなった。
師匠のライブの舞台だ、なんと大胆なこと。
もちろん、その他大勢の中の一人として、参加することに意義があるとばかりに。
 この原稿を書いている今、私は5曲目の課題曲ザ・ブームの「島唄」に挑戦中だ。
音痴の私がヘタながらも三線で弾き語りできるようになるなんて夢のよう。
 玉城師匠は、現在二つの教室を主宰しておられる。
小学生から70代まで幅広い年齢層、師匠と私を含め数人の視覚障害者が一緒に練習
している。
この教室にこられる生徒さんは、ここで初めて視覚障害者と接する方がほとんどだ。
最初は少し戸惑われるようだ。
「あのー、お手伝いしましょうか?どうすればいいですか?」
皆さん、慣れるまで緊張の面持ちで遠慮がちに声をかけてくださっていた。
ほどなくサポートが必要なときは自然にそばにいる人が声をかけてくださったり、さ
っと手を貸してくださるようになった。
この雰囲気、いまでは私たちの教室の「いつもの」になった。
 ある日のこと、練習が終わり、みんなでわいわいおしゃべりしながら帰り支度。
もたもたしていた私は、階段の上に一人取り残されてしまった。
手すりはどこかなと、白杖で探っていると、気づいた一人がすぐに戻ってきてくれた

「ごめん、ごめん、忘れてた。」とサポートしてくれた。
私は忘れられたことがちょっとうれしかった。
変かもしれないけど、やっぱりうれしかった。
みんなが私が見えないことを特別に意識せず、接してくださっていることがうれしか
った。
見えない人、見えにくい人、見える人、いろんな人がいる、それが当たり前のこと。
それがこの教室の素晴らしいところだ。
 私の夢は、そんな素敵な仲間たちと沖縄の白い浜辺で波の音を聞きながら、三線を
奏でること。
♪島唄よ 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ♪
今日も三線タン、タン、タン、私は夢に向かってはじいてる。
編集後記
 とんとん拍子のすいすいすいと事は運び、舞台の上で歌うことになった水色の風さ
んでした。
こんなふうに事がつながって行くのがおもしろいですね。
 自分にはできないだろうと思っていることは、自分が少しずつがんばることで、で
きることに変わって行きます。
もちろん、すべてがそうは行きませんが、このレポートを読むと、それは十分にあり
得ることだとわかります。
そして、とんとん拍子のすいすいすいを支えるのは、
今できることを少しずつがんばること = 強さとしなやかさの両方を備えた取り組み
の姿勢なのだと思います。
 歌を聞くと、行ったことがなくても沖縄の景色と風に思いが巡ります。
時間の流れまでゆったりします。
水色の風さん、いっぺーにふぇーでーびる、ありがとね。
-- このメールの内容は以上です。
発行:   京都府視覚障害者協会
発行日:  2021年3月12日
☆どうもありがとうございました。


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