メルマガ色鉛筆第171号「お月さんとおばあちゃん」

タイトル 「お月さんとおばあちゃん」
ペンネーム グレイッシュムーン(40代 女性 弱視)
 レポートの要旨です。
 月の美しい季節になると、よみがえる記憶があります。
秋の夜長、一つの心の中でいくつもの感情が行きかいます。
振り返り立ち止まり、過去と今を行ったり来たり。
そして、流れた時間にため息が出ます。
 うつむいたり、目を閉じたり、顔を上げることに勇気が必要だったり、
今の自分に月が見えるのか、少しこわい気持ちを抱えながら月に思いを寄せてみました。
 ここから本文です。
 戦争未亡人で、女手一つで働きづめだったおばあちゃんは、
退職しても家事が大嫌いだった。
いくら皿や鍋を洗っても給料はもらえない、一生外で働いてきた人の理屈である。
 この理屈が、思春期の私にはすっと落ちなかった。
家族のために家事をすることに価値がない、そんな考えはおかしい。
子どものときからご飯を焚いて味噌汁をつくって、
仕事から帰るおばあちゃんを待っていたお母さんだって偉いのに。
今だって、お母さんがいなかったらおばあちゃんは何もできないのに。
お金を持って帰る人だけが偉いなんて、なんかおかしい。
なんかおばあちゃん嫌い。
そんな気持ちが大きくなっていった。
 どこか女じゃない、男みたいなおばあちゃんが、おかしなことを言うことがあった。
「お月さんきれいに出たはる。ほら、見においで」。
「興味ない」と私は背中を向けた。
祖母を嫌う気持ちから、素直に空を見上げることもなかった。
 必ず満月を愛でては、それを美しいと口にしていたおばあちゃんの、
その人生には何があったのだろう。
 祖母には大切にしていた手紙があった。
差出人は祖父ではない。
一緒になりたかった人がいたのかもしれない。
 学校の先生になりたかった祖母。
軍人にみそめられ親の言うままに結婚し、半年で夫を戦地へ送り出した祖母。
何度も引き上げ兵の中に夫を探しに行った祖母。
終戦の年の3月、夫はレイテ島で戦死し、未亡人となった祖母。
そこから女を捨てて、娘を育ててきた祖母。
 縁側に座り、「おぼろ月夜」の歌を音痴な声でたどたどしく歌っていた祖母は、
月を思い、夜空に何を見ていたのであろう。
在りし日の誰かだろうか。
若き日の自分だろうか。
引き返せない人生だろうか。
懐古もなく、ただ月を美しいと思っていたのだろうか。
 それにしても、いつもいつも繰り返し、
そっけない返事しかしない私に声をかけていた祖母。
「きれいやで。見てみよし」。
ゆるやかな風を顔に浴びながら、
繰り返し「お月さん、お月さん」と指差し、私を手招きしていた。
月の夜だけは、現実から離れた思いが祖母を包んでいたのかもしれない。
 そうなのだとしたら・・・。
一度くらい隣に座って空を見上げておけばよかったと、いまさらながら思う。
もう遅い。
縁側のおばあちゃんはもういない。
 月の美しい夜、私は母となった。
息子の名は「真丸」、
「お月様と関係あるの?」と聞かれることもある。
闇に浮かぶ一点の光は誰かの心を支える。
そんな祈りの光を命にこめた。
 お月さんとおばあちゃん、今は地をはう私たちをどう見てくれているだろうか。
いまさら下界からおばあちゃんに手招きをしても、背を向けられるかもしれない。
因果応報だと、うつむく心が首を重くする。
それでもやっぱり月を探そうか、描こうか。
わずかおぼろげにでも祈りの光が感じられるのなら。
 お月さん、どこにいはるの?
今夜も、指の先にそのおぼろな光をつかもうとする私がいる。
 2019年 雲なき夜に
 編集後記
 思春期を生きる若いときは、この世界を理解するだけの経験がまだまだこれからです。
理解しようとするなら、自分のわずかな経験から、経験という点と点の間に線を引き、
その線を頼りにして理解するしかありません。
 「なんかおばあちゃん嫌い」と思える線が引かれることもあります。
でも、月の輝きをきれいだと見続けるおばあちゃんの姿には、
嫌いで片づけることのできない理解をこえるものがあり、
グレイッシュムーンさんの心に残ることになったのでしょう。
 やがて月日は流れ、母となったグレイッシュムーンさん。
月を見ている間、現実から離れて、現実からちょっと距離をおいて、
お月様と自分だけになる時間。
 長い年月を経て、おばあちゃんと語り合う時間。
長い年月を経なければわからないことも、この世界にはありますね。
親子のこともそうだと思います。
 グレイッシュムーンさんには、
これからもときおり月見の夜を過ごしてほしいと思いました。
こちらから月を見つめることはなくとも、月の光に包まれて。
-- このメールの内容は以上です。
発行:   京都府視覚障害者協会
発行日:  2019年10月11日
☆どうもありがとうございました。


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