メルマガ色鉛筆第１６１号「ひとひら」リレーエッセイ１３
タイトル 「ひとひら」リレーエッセイ１３
メルマガ色鉛筆編集チーム
こんにちは、メルマガ色鉛筆編集チームです。
今号は、しりとりスタイルのタイトルでリレーエッセイをお届けします。
暮らしの中の体験ひとひら、記憶ひとひらをつなぎます。
１５７号の「トンカツ」、「つまり私は目立ちたがり屋」のバトンを受けて、
「山口県長門湯本温泉そして…」、「手を離さない、絶対に」というタイトルでのエッセイです。
タイトル 山口県長門湯本温泉そして…
ペンネーム ばなな色の月（５０代 女性 弱視）
温泉を訪れることが好きだった私。
大好きな旅館が山口の長門湯本温泉にあります。
大谷山荘・音信(おとずれ)さんです。
新幹線の新山口駅で乗り換えて、
地元の小さな電車で揺れること１時間、
長門湯本に到着です。
とてもゆるりとしたこの道のりが気に入っています。
地元の方や学生さんの乗りあう風景がなんだかいいのです。
この時間が落ち着く私は撮り鉄でなく、乗り鉄の鉄子だと感じます。
お宿のお部屋は露天風呂つきでお食事は個室でいただきます。
優雅なひとときを味わえます。
故渡辺淳一さんもこのお宿を愛されていたと聞きました。
部屋つき露天風呂は旅館の付加価値として増えているようです。
障害がある人にとっては大浴場より安心かもしれません。
ただ、お宿代は〇〇リゾートさんよりは高いので毎月の温泉用貯金が必要かもしれません。
幸運にも私は招待していただきましたので、貯金もせず楽しませていただきました。
私が今いちばん行ってみたいのは京都の伊根町です。
伊根の舟屋は舟の収納庫の上に住居を備えた伝統建築物です。
伊根でほかではふれることのできない風景を感じてみたいのです。
伊根に魅かれて家族と離れて移り住んでいる男性を知っています。
もちろん温泉旅館もありますよ。
一度行ってみたいものの今の私は伊根にハマってしまいそうで心配なのです。
夢中になるってことではなく、伊根湾に落っこちるほうの「はまる」です。
でも、それもいいんです。季節は夏！
ジャボーン覚悟で水着でも着て出かけることにしましょうか。
しまった！私カナヅチだった！
温泉、旅館を語りだすとながくなる私、またいつか。
ーー
「すごくいいんです」という思いが語られました。
さらに、「どうしたって行きたいんです」という楽しい自己実現への夢もありま
した。
ほしいものに手を伸ばす、心奪われる、そんな強い思いが託されたリレーです。
タイトル 手を離さない、絶対に
ペンネーム オッド・アイ（３０代 女性 弱視）
出会いは突然だった
なんの予定もなく、街をぶらぶらとしていた時だった
あのこを見た瞬間、稲妻が走った
いや、それでは足りないくらいの衝撃だった
気持ちが高鳴り心拍数が早くなる
色白で、スタイルもよく、物腰柔らかい印象で、これが一目ぼれというものなのか
もしかすると、神は私に味方しているのかもしれない
あのこが居るのは馴染みの店
迷わず店内へ足を向ける
ここで小心者病が発動
本当はそのこに一直線に向かっていきたくてウズウズしているくせに、
好きすぎて近付けない
平静を装って、遠目に陳列棚越しに眺める
ストーカーだと通報されてもおかしくない目線にプラス、
挙動不審ムード満載だったかもしれない
馴染みの店だけあって、店員が声を掛けてくる
当たり障りのない会話をしてから、これはチャンスと本題を切り出す
あのこの情報収集だ
正面突破をして玉砕していては悔やみに悔やみきれない
店員の話によると、最近店にやってきたばかりで、お客様の受けも非常にいいら
しい
敵は多いということか
早急にアプローチしなくては
だが、その日はそのこを眺めることしかできなかった
相性が合わなかったらどうしよう、価値観はどうだろうか、うまくやっていけるだろうか
好き過ぎるが故に、次々と湧いてくる不安に襲われ足を踏み出せなかった
一目惚れなんて、後にも先にもこの一度だけだろう
経験のない出来事にとても戸惑った
こんな感情が自分の中にあったのかと驚きながらも、あのこで頭がいっぱいなこの状況がとても楽しかった
その日からというもの、寝ても醒めても頭の中はあのこでいっぱい
水族館に出かけるのはどうだろう、映画館もいいかも、
なにより自分の部屋に居るあのこを考えニヤニヤが止まらなくなってしまった
よし！あのこを迎えにいこう！！
当たって砕けろ！！
逸る気持ちを抑え、あのこに会いに店へ向かう
近づくにつれて呼吸が・歩くスピードが速くなる
店を視界に捉えたとき、嫌な予感がした
頭上には黒く大きな雨雲と身体の芯に響く雷鳴が轟く
先ほどまでの浮足立った気持ちはどこへやら
店内へ足を踏み入れ辺りを見渡す
あのこがいない
まさか…
いつもと違う様子を心配した店員が話し掛けてくる
最後の理性を振り絞り、歪んだ作り笑いを店員に向けながらあのこのことを聞く
嫌な予感は的中し、雷鳴は稲妻となって私に落ちた
「あのワンピース、お陰様で完売したんですよー
もしかして、購入ご検討いただいてたんですか？お手にとっておられる様子もな
かったのできづきませんでした」
オーマイガーッド！！なんだってえええええ！！！
白くて肌触り良さそうな、あまりボディーラインを拾わないラフさがありつつ、
すっきりとしたデザインでまさに理想のワンピースだったのにぃいいいい！！！
水族館デートにも良さそうだし、映画館で長時間座ってても疲れなさそうだし、
クローゼットに入ってるところまで想像してたのにぃいいいいい！！！！
あんなに一目で買いたいと思ったのは初めてだったのにぃいいいい！！！
高かったらどうしようとか、試着して似合わなかったらどうしようとか、
そもそもサイズが合わなくて入らなかったらどうしようとか、
うじうじ考えて帰るんじゃなかったぁああああ！！！！
この世の終わりかのように落胆し、絵に描いたように肩を落とし、大粒の激しい
雨を浴びながら帰宅の途につく
なにか店員が言っているがもはやその声は届かない
電車の車窓から見える景色がモノクロに見える
雑踏の中にいるはずなのに音がなにも聞こえない
笑顔で見つめあうカップルや、楽しそうに手を繋いで歩く親子が恨めしく見える
あまりにも気疲れしてしまい、ふと目に留まったベンチに腰掛ける
昔からそうだ
小心者病を発症させては、失敗してきたじゃないか
なんでこうも私は学習しないんだ
ましてや、あんなに心動かされる一目惚れなんて、今までに一度もなかったのに
自分の馬鹿野郎！！！！
力強く握りすぎた拳は真っ赤になり、目には涙が溢れていた
その涙がとうとう零れ落ちそうになるその瞬間、携帯電話が鳴った
いま誰かと話す気分じゃないんだ
放っておいてくれ
そうは思いながらもとりあえず誰からの着信かだけ確認する
あの店からだった
いま最も関わりたくない相手
でも、胸騒ぎがして涙を拭い深呼吸をして電話に出る
電話の向こうから聞こえる甲高い営業トーンに嫌気が差しながらも話を聞く
「あの後、他店を探してみたら最後の1点が見つかったのですが、ご入用でしょ
うか。他府県の店舗からの取り寄せなので少しお時間はいただきたいのですが…」
一瞬店員の言葉が理解できなかった
嬉しいやら悲しいやら、ぐちゃぐちゃの満面の笑みを浮かべて叫んだ
「ぜひお願いしますぅうううう！！！！」
感情がジェットコースターのように短時間で大きく変化し過ぎて
頭はぼーっとしている
意識を必死で回転させて、電話の向こうの店員と入荷の予定を調整する
引き取りは次の土曜日に決まった
そして当日
この日をどれだけ待ちわびたか
何気ない週末のとある一日のはずが、とても色鮮やかで空気が澄み清々しく感じる
ついつい小走りになりながら店へと急ぐ
もちろん開店時間目掛けて
電話でやりとりをした店員を見つけて駆け寄る
「お待ちしておりました。ご用意致しますのでこちらでお掛けになってお待ちください」
そう促されて試着コーナーのソファに座る
そして間もなく、バックヤードから待ちに待ったあのこが出てきた
「おまたせ致しました。このワンピースどこの店舗もお陰様で完売御礼で、これ
が全国で最後の一着だったようです」
なんということでしょう！！
馴染みの店は作っておくにこしたことはないし、ここの店員結構買え買えアピー
ルすごいけど仲良くしておいてよかったぁぁあああ！！！！
夢にまで見たあのこを受け取る
想像道理の肌触りの良さ、シルエットの美しさ
申し分なし
一度はあきらめたあなただったけれど、神様は私を見放してはいなかった
『この手は離さないからね、絶対に！！！！』
こぼれ話チラリ
気持ちが逸りすぎて財布の中身も確認せず突撃した私。
お会計時に手持ちがなく赤面、
ＡＴＭへ走る失態も、嬉しい悲鳴でした。
ーー
左右の瞳の色が異なる状態をオッドアイというそうです。
オッドさんのように、おしゃれ大好きさんなら、
一度はこの一目ぼれ体験があるのではないでしょうか。
もうとまらない、欲しくて欲しくてたまらない、抑えきれない思い、
ふりきっても尾を引く感情をズキュンと恋する気持ちに乗せて小気味よく語られました。
ばななさんとオッドさん、いずれも夢中でまっしぐらでしたね。
それぞれの人生のひとひら、ほんのりと思いをつなぎながら、
次回のリレーエッセイへと続きます。
－－ このメールの内容は以上です。
発行： 京都府視覚障害者協会
発行日： ２０１９年７月５日
☆どうもありがとうございました。